11回目のご相談内容

 40代の男性です。タイ人の妻がいます。彼女の名義で飲食店を経営して5年になります。その妻がある宗教(祈祷師?)にはまってしまい、かなりの額の金を持ち出していることが解りました。今までは目をつぶっていましたが、子供の貯金にまで手を出したので私も黙っているわけにはいかず、意見しケンカになったのですが、警察を呼ばれて私が連行されてしまい、家に帰りたかったら保釈金を払えと言われました。妻がどこに手を回したのか、私はすぐに釈放となったのですが、そのままどこかの田舎のお寺に連れて行かれて監禁されました。夜中にまわりの目をかいくぐって裸足で逃げ出し、山を下り助けを求めました。幸い農家があり、良い人たちで私はバンコクの友人に電話をすることができ、迎えに来てもらいました。たぶん監禁された寺は妻の宗教関係だったのでしょうか。バンコクで弁護士に相談したところ、「今は危険だから日本に一時帰ったほうがいい」とと言われ、3ヶ月帰国し、今はまたバンコクにいます。弁護士が店の名義も至急変えろと言うのですが、子供も2人います。今は妻に対する愛情というより恐怖のほうが先に立って、家には戻らずホテル暮らしをしています。本当に情けないです。

以下、まりこさんからの回答

 恋愛の悩みではなくて人生相談ですか?まあ、いいでしょう。奥さんが持ち込んだ運に惑わされてご主人の貴方は動く事もできず、気力も失くして大変な日々を送って、地獄に落ちたように悶え苦しんでいる様ですね。他国で現地の人と一緒に生きていくのですから、色々とお世話もしたけど弱味も出来て、初めは天国にいたはずが段々と相手が強くなり、いつか自分の立場が弱くなっていて、思いもかけぬ方向に引きづられてしむのはよくある事です。今は妻への愛情よりも恐怖心が先に立って、家へは戻らずにホテル暮らしとは本当に情けないですが、どうしたらいいのでしょうねぇ。人間同士だと話し合いで何とか収まる事がありますけれど、宗教にはまってしまった場合、中間には口をきいてくれない神・仏がいますから、なかなか話にはならないのです。神仏の代理人と自分で言い張る祈祷師や信者は世界中の全ての国にいます。日本でも昔は、医者のいない村では祈祷師が病気を治すと言って、厄払いと称して真冬に水をかけたりして多くの人が亡くなっていますが、信じる者にとってそれは当たり前の事だったのです。人は不遇になって困り果てると神仏にすがります。どん底に落ちてもがいても浮かばれない時、恥ずかしげもなく「神も仏もこの世にはない」と恨んで責任を転嫁します。たまたま親切な知人に助けられて光明が射すと、「ああ、やっぱり神様が助けてくれたのだ」とはしゃいで喜んでいます。人間としての修行を怠っている失格人間は、落ち込むと心が弱いばかりに自分を救済してくれるかもしれない所に自然と移されていきます。本来なら、身も心も弱っている時は、医者、薬、心の静まる所、気持の切り替えなど、自分から探して自分の力で治すものです。 人はチャンスも与えてくれますが、災いや不幸も運んでくれます。人生というのは困難や苦しみの連続ですから、不運や欲望に耐え忍んで生きていくしかないのです。運が降下した時は、カッカと怒らず考えすぎず、苦しみを少しづつ減らしていって少しでも楽しさが出てくるように、たまたま降りかかってきた不運が通り過ぎるまで我慢しましょう。 奥さんがなぜ宗教にはまってしまったのか、貴方にも言えない心の闇や深い悲しみを持っていたのでしょうか。他では話す事が出来ない苦しみを祈祷師には全て打ち明けて、生きる光を求めて信じきって努力しているのかもしれませんよ。今までに奥さんの方から信仰への誘いや入信で争った事はないのですか?心身の療法には薬だけでなく、心のぬくもり(愛)、喜びの感情が孤独な人間には必要です。本人にとって、ご主人と子供さんの愛の力は心の安らぎと生きる力になっていたのではないでしょうか。心の寄り所を求めて入信して安心感を得ているのかもしれません。同じように苦しんでいる人達と一緒に拝んで苦しみを分かち合い、信仰を叩きこまれて強い信者になっていきまが、組織を運営していくためにはお金が必要で、信者は何とか工面しなければなりません。信者になるとなかなか抜け出せません。ここは貴方が最後の地獄の奈落に堕ちたつもりで、奥さんの宗教に入ってみたらどうですか。フリでもいいです。仕事も駄目になりそうだし、お金も底をついた自分を助けて欲しいと入信すれば、奥さんの意識も変わるかもしれません。解決法が見いだせないのなら最後の決断、切り札かもしれません。2人の子供さんと一緒に暮らせるためにも。 (まりこ)