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 これは最近バンコクで起きた事件を元にしたフィクションであり、登場する人物・団体名は全て仮名、架空のものです。
警察・公安・司法機関等からの要請以外、記載内容についての資料・データ等は一切公開に応じることができません。

1.プロローグ

 私の名前は田代祐樹、もう40も半ばを過ぎている。自動車部品を作る中小企業に勤めている万年課長だ。課長といっても部下はいない。結婚はしているが、子供はいない。タイに来ることになったのは、バンコク近郊に新しくできた取引先の工場へ日本から部品を輸入して供給するためだ。多少英語ができるということで抜擢されたようだ。社長の話では、国内有数の総合商社三友商会とのジョイント案件で、同社の自動車部がバックアップしてくれることになり、事務所も貸してくれる、出入りのコンサルタントが会社の設立などの手助けをしてくれるというのだ。販売先も確定しているわけだし、取扱商品も手馴れた部品だ。
 考えてみれば案外ラクな仕事かもしれない。私は意気揚々とスワンナプーム空港に降り立った。3年半前、2008年8月のことだ。空港到着ロビーで三友商会の高橋三郎が待っていた。一流商社マンらしくパリッとした背広を着てネクタイを締めていたから一目でわかった。
「三友商会の高橋部長さんですか?」
「そうです。神奈川産業の田代課長ですね。三友商会の高橋です。」私は重いスーツケースを引っ張りながらついていった。
「重そうですね。」
「はい。日本からいろいろ持ってきたので…。」 「えっ??」
「いや、味噌とか醤油とか…」
「あー。そうですか。いやこちらにもありますよ。日本人向けのスーパーも、日本食レストランもたくさんあります。心配要りませんよ。」微笑みながらそう応じてくれた。
 車中の光景は日本とほとんど変わりない。高速道路にはたくさんの車が走っているし、高層ビルも林立している。
「いや、バンコクってすごい都会なんですね。」
「ええ、もう日本と変わりませんよ。電力も安定していますし。コンビニもあるし。東南アジアでは一番生活しやすいでしょうね。」車は30分ほどで高層ビルの一角に滑り込んだ。
 「ここがウチの事務所です。60人くらいいますね」
「そうですか。」
「御社には21号会議室をご用意しました。机と電話はあります。インターネットは接続できません。プリンタがないので印刷する必要がある場合にはメモリに入れてお渡しください。」
そこは円卓とイスが並んでいる会議室だった。壁面には大きなホワイトボードが備わっていた。そして円卓の脇に旧式の電話が備えてあった。
「ここはだいたい2週間ほどはご利用いただけます。」
「えっ?2週間だけですか?」
「はい。その予定で抑えておきました。」
「会社をここで設立すると聞いていたのですが。」
「いえいえ。弊社はあくまでバックアップだけです。事務所は不動産業者をご紹介します。」
「ああ、そうですか。」
「コンサルタントは1時間8,000バーツの相談料ですが、会社設立などを依頼すれば若干は値引いてくれます。」
「そうですか。1時間2万4千円ですか。案外高いんですね。」
「ええ、バンコクでも有名なコンサルタントですから」
「まずは事務所を探してください。事務所がないと会社の登記ができませんから。明日9時に業者が来ます。」
翌日から事務所探しが始まった。
「バンコクリアルエステートの石橋と申します。この度は三友商会さんのご紹介で事務所物件をご案内させていただきます。」石橋辰夫は社名が入ったポロシャツを着ていた。当地で不動産紹介をもう15年もやっているそうだ。背が高くて中年とはいえなかなかのイケメンである。
「事前に伺いましたご要望で、BTSという高架電車や地下鉄の沿線がやはり便利だろうということで、そのあたりの物件をご用意いたしました。」
「物件はいくつかありまして…」表を出して説明を始めた。
「あのう、この表を見ているとどれも広いですね。それに家賃も予算オーバーですね。」
「ええ、手前どもが扱います物件となりますと、日系企業様がお相手ですので、やはりそこそこの広さと家賃ということになります。」
「小さくても150㎡、家賃が平米200バーツくらいからでしょうか。」
「最低で30万バーツですか?一ヶ月に?事務所の家賃だけで月百万円ですよ。私は10坪、30㎡ほどでいいんです。最初はなるべく経費を詰めなければなりません。5万バーツくらいの物件はないんですか?」
「あることはあります。いわゆるタウンハウスというやつです。ただ家主とのトラブルが多いので業者としてはお勧めしていません。家主さんがいい人だといいんですけどね。」
毎日、毎日、事務所を廻った。日に何件か案内されたが、最初は小さな事務所だけでいいと考えていたから、いい物件に出会うことはなかった。2週間どころか1か月はあっという間に過ぎ去った。

2.リーマンショック

 物件探しに明け暮れて、時間ばかりが過ぎ去った。そんなある日、東京から一本の電話が入った。
「あぁ田代君、知っていると思うけどこのあいだリーマンブラザーズが破綻したんだ。これから景気が悪くなる。いざというときに撤退できるようにヴァーチャルオフィスを検討してくれないか。」
業務担当の川俣役員だった。もう40年以上勤務しているベテランだが、人の意見は聞こうとしないで、我を通して何度も失敗しているし、何でも期日ギリギリまで握りこむクセがあるから、私はどうも好きになれない人物だ。ただ、この提案は受け入れることにした。できるだけコストカットをしたいわけだから、ヴァーチャルオフィスでも何でもよかった。早く業務ができるように会社を設立することが先決だった。
ヴァーチャルオフィスの運営会社は石橋が紹介してくれた。契約は数分で終わった。月の基本料は5000バーツ。30万バーツの無意味に広い事務所よりはいい。
「田代さん、やっと事務所決まったね。」
「ええ。三友さんには申し訳なかったですけど、会議室1か月半も借りてしまって。」
「いやいいんですよ。今日はコンサルタントにご案内します。会社設立の依頼です。」
いかにも法律事務所といった趣き重厚な入口を入ると、木製のカウンターがありそこに対人女性の受付が2名いて、私たちを奥の会議室に連れて行ってくれた。
三友商会のそれよりも大きな会議室には20人ほどが入れた。しばらく待っていると初老のタイ人女性が現れた。
「弁護士のソムと申します。」
我々日本人にとってタイ人の名前は難しい。ただ、タイ人はみなチューレンというニックネームを持っていて、普段はチューレンで呼び合っている。ソムというのは彼女のチューレンだ。
ソムは流暢な日本語を話した。
「この度は当社、BHリーガルサービスをご利用くださいまして有難うございます。」
「会社設立やらビザ申請やら色々お願いしたいのですが。」
「はい。私は日本の大学を出ていますので日本語で応対します。」
「ありがたいです。私たちの計画をお話しします。」
私は計画書を提示しながら説明した。話は順調に進んだ。何も問題はなかった。
しかし、事務所のところでつまずいてしまった。
「ヴァーチャル事務所では会社設立はできません。」
「いや、事務所運営の会社では必要な書類は用意できるし、会社設立の実績もあるといっていました。」
「当社ではヴァーチャル事務所での設立はしたことありません。日本の会社ですからちゃんと事務所を借りてください。」
「今、運営会社に電話しますから担当者と話してください。」
すぐに電話をした。タイ語の会話がしばらく続いた。そして、
「運営会社の人はできるといいます。でも私はできないといいます。」日本語が少しおかしい。
 結局、議論は平行線で、この問題が解決できないと会社は設立できそうになかった。
「高橋さん、困りましたね。どっちが正しいんでしょう?」
「さぁ。ウチの顧問はここしかないし。やっぱり事務所借りるしかないんじゃないですか?」
「借りたいのはやまやまです。でもコスト考えちゃいますよ。30万バーツですよ。また一からやり直しっていうのもねぇ。どっかセカンドオピニオンしてくれるところがないですかね。」
数日後、高橋部長から電話があった。
「田代さん、申し訳ないんですが、本社から通達があってね。昨日の取締役会で御社とのジョイント案件が中断されることになったんです。」
「というと?」
「リーマンショックの影響です。御社の現地法人への出資は当面ありませんし、来月からはお手伝いも致しかねます。」
「そうですか。もう手助けはいただけないんですね。」
「はい。あと、御社が撤退をお考えならば、それでも構いません。」
「わかりました。」
私はすぐに川俣役員に電話を入れた。撤退はしないとの回答があったが、取引先の手前、撤退の決断ができないというのが実情だった。

3.出会い

 三友商会は撤退してしまったが、私は一刻も早く現地法人を設立しなければならなかった。しかし、ソム女史は自分の意見を曲げようとはしなかったし、私もヴァーチャルオフィスをあきらめなかった。
二人の主張が平行線をたどっている限り、現地法人設立はままならなかった。しかし、取引先は待ったなしだった。
そんなとき、石橋が電話をしてきた。
「田代さん、会社設立できていないって伺ったんですが。」
「ええ。弁護士事務所がヴァーチャルオフィスでは設立できないと言い張ってまして。」
「そんなことはないんだけどなぁ。私の知っている人物で会社設立なんかをやっているのがいるからご紹介しましょう。」
「そうですか、それは有難い。」
「明日の午後にでも時間がありますか?場所はバンカピなんですけど。」
「ええ、あります。伺います。」
バンカピまでバンコク中心部からタクシーで30分ほどだ。中心部ではないが、郊外でもない。
「あぁ。田代さん。ご苦労様です。こちらがね、ご紹介する小林さんです。」
建物に入るなり、通路に木製の応接セットのようなものが置いてあって、石橋と小林はそこでタバコを吹かしていた。
「小林恵二と申します。総権社という会社をやっております」
小林は仰々しく名刺を差し出した。
「神奈川産業の田代です。」
「じゃ、私はこれで。いろいろ相談してくださいね。小林さんはこちら長いし、当地の法律には詳しいから。会計もやってくれますよ。」
「わかりました。有難うございました。」
小林は齢50ほどで、あまり風采のよい男ではない。中肉中背。古い眼鏡をかけていて、よれよれのシャツを着て、ズボンも薄汚れている。見た目からあまり裕福ではなさそうだ。よくタバコを吸う男だ。
私はこれまでの事情を説明した。すると小林は、
「いやね、こちらの弁護士って案外知らないんですよ。この件は大丈夫です。会社の設立はできますよ。運営会社の担当者と掛け合って必要な書類をもらいましょう。」
「それから発起人、株主になる方、そのほか必要な情報や書類がありますから集めてください。それからいったんはウチの社員を代表にして会社を設立します。その方がいろいろやりやすい。それから田代さんのビザと労働許可を取って、代表を変更することになります。その方が早いから。書類が揃ったら会社設立の準備にかかります。」
人を見た目で判断してはいけないと思った。法律にはよほど詳しいらしい。小林はテキパキと動き、書類のリストを持ってきた。BHとは大きな違いだ。
「この書類を用意してください。用意できたら連絡ください。明日にでも商号を確認してきます。タイでは商号はひとつしか登記できないんです。御社が希望する商号がすでによその会社が使われてしまっていると、もうそれは使えません。希望の社名の登記ができるどうかは明日にもわかります。」
私は感心していた。さすがにプロは違うと。
しかし、これがこの男の魔術の一つだった。それに気づくのはだいぶ先のことになる。

4.会社設立

 会社設立の準備は順調に進んだが、思わぬ横槍が入った。デモ隊によるスワンナプーム空港の占拠だ。
「ご苦労さん。社長は書類にサインをしたんだが、郵便局が受け付けないんだ。空港が占拠されていて郵便がいつ到着するかわからんのだそうだ。」
総務担当の大熊役員が電話口で声を荒げた。
「まぁ、田代君に言っても仕方ないけどね。待ってもらうしかないようだ。」
「それから今回のタイ進出については、いなほ銀行の資金支援を受けることになった。それで会計業務は、いなほ銀行の子会社にして欲しいんだが、何か問題はあるかね?」
「いえ、特にはないと思います。」
「君が頼んだ総権社ってとこには、法律顧問をお願いする事になる。それで話を進めて欲しい。」
「わかりました。」
「郵便が再開したら書類はすぐに送るから」
「了解しました。よろしくお願いします。」
「あぁ。身体こわすなよ。」
タイでは会社設立の登記に会計士の名前を明記しなければならない。このことを小林に相談すると、二つ返事で快諾してくれた。
「田代さん、会社の方針ですから仕方ありません。ウチは法律顧問ということでかまいません。会計のことで何かあったらセカンドオピニオンもできますしね。」
空港占拠が終結し、郵便が再開されてまもなく、本社から書類が送られてきた。しかし、その後の事務処理などもあり結局、会社設立は越年することになり、1月8日に設立された。
「会社設立を記念して食事でもいかがですか?新年会も兼ねて。」小林が誘ってきた。
「そうですね。どこがいいでしょう?」
「エカマイというところに八重山という沖縄料理の店があります。ここなんかどうでしょう?」
「わかりました。いいですよ。」
その日の夕方、沖縄料理店には小林の友人も来ていた。
「池田達也といいます。こっちで電気工事をやってます。」
40過ぎのスポーツマン風の男は、派手な名刺を差し出した。
「池田さんとはこれから色々なビジネスを考えていまして。」
沖縄料理に舌鼓を打ちながら、韓国焼酎を楽しんだ。池田は酒に関しては詳しいらしい。
「泡盛がいいんだけど、高いからね。バンコクでは特に日本の焼酎は高いんですよ。」
すると小林が続けた。
「僕は昔、韓国焼酎のセールスマンをしてました。今、権利持っとけばなぁ…。」

5.昔話

 小林は続けた。「僕は大学を出てすぐに電鉄系のホテルに就職しましてね。シンガポール、香港とホテルマン生活をして、それからバンコクに来て結婚したんです。結婚してからホテルを辞めて、木材相場で失敗したりして…。」
「そうですか。」
「酒飲んで車運転して、交通事故を起こして…。離婚されてね。」 小林は少し涙ぐんだ。

第二回に続く