打ちっぱなし

第53ホール 「やさしいアイアン」は粗大ゴミ
「やさしいアイアン」は粗大ゴミ
新品であろうと中古品であろうと、クラブを買う時の最重要ポイントは、そのクラブスペックがご自身のスイングに合っているかということです。具体的には シャフト (硬さ、重さ、キックポイント、長さ)、クラブ重量 (総重量、スイング・ウェート)、ロフト、ライ角などやフェース角やヘッドの特徴に係わる情報 (慣性モーメント、重心)も分かる範囲で チェックしたいものです。
ゴルフクラブの販売方法についてはバンコクでは問題山積と言わざるを得ません。私も時間があると今の売れ筋の商品を見に行くためにエンポリアムやセントラルに行きますが、この時の従業員の接客というか、こんな説明で商品が売れるのかと、驚かされてしまいます。また、お客さんもこの説明で「自分に合うクラブを見つけられるのだろうか?うまく打てない場合は、自分のスウィングが悪いということで片付けてしまうのだろうか?」と不思議にさえ思います。
お客様に信頼される売場を作るには、魅力的な販売価格設定で商品構成を見直し、試打コーナーを活用したスイングデータの収集と、使用クラブデータを数値化したフィッティングができることが求められます。さらに商品情報とゴルフ知識を持ったスタッフの育成ということになりますが、最も重要だと思う商品知識を教育されている様子もなく、ゴルフ場に行ったこともないタイ人スタッフの対応には呆れてしまいます。家電製品・車などはカタログも充実しており、内容やメーカー・商品の違いを自分自身である程度は把握できるものです。あとは商品を見て価格との相談になるのですが、ゴルフクラブの場合はカタログを見ても、数値をみても違いが分かりにくいもので、さらに測定するとカタログと違う場合がほとんどです。
メーカーは「公差」と開き直りますが、メーカーを信じて買ってしまったユーザーに対する裏切り行為です。購入するユーザーも何がいいか分からず、人の口コミもしくは宣伝等で決めることになります。家電製品などは、誰が使用しても、機能・性能は変わりません。しかし、ゴルフクラブは使う人によって機能・性能が大きく変わります。だからこそ、その人に合ったクラブを販売することが必要になるのです。残念ながらユーザーは自分のゴルフのことについてもあまり分からないゴルファーが多いのも事実です。そのため販売員ができるだけユーザーの悩みを聞き、どんなクラブを欲しがっているかを知り、その問題を解決するにはどんなクラブがいいかを教えてあげることが必要になるのです。
ゴルフ雑誌の情報はメーカーの力関係とか、広告料金をもらって記事を載せている都合で、クラブの評価が偏っていることが多々あります。ユーザーから情報を得るとこができる販売員は、そのユーザーに正しい情報を提供してあげることで信頼関係が生まれ、最終的に売上を伸ばすことに繋がるのです。企業である限り、利益を追求するのは当然です。しかし、ユーザーを騙してまで「企業利益」を追求するのは問題です。2005年に発覚した「耐震強度偽装事件」では、建築基準法(構造耐力)違反や議院証言法違反(偽証)の罪などに問われましたが、元1級建築士・姉歯秀次被告のことを覚えている方も多いことでしょう。
ゴルフ業界もバブルがはじけた後の低迷期で、自社工場を何も持たないメーカーは「企業利益確保」のために「製造原価」を下げるコストダウンを製造現場に要求していました。ヘッドはヘッド工場に注文して、シャフトはシャフト工場で、組み立ては組み立て屋さんと完全分業制がゴルフ業界の常識なのですが、製造現場からすると原価を下げるには、製造工程を省くしかないのです。商品の品質がダウンしても、工程や手間を省き「販売単価」を下げなくてはならないという辛い時代でした。しかし、メーカーはユーザーにはそのことを一切知らせず、新製品のいいことだけを「宣伝文句」にして販売しはじめたのです。ゴルフクラブだから命に関わる事はありませんがゴルフ業界も「手抜き工事」突入の時代でした。
アイアンセットを例に取ると、以前はダイナミックゴールドとライフル装着モデルが多かったのですが、ライフルシャフトの原価が高いため、NSプロの登場と共に切り替わりました。また以前はどこのメーカーも、カーボン用とスチール用の仕上がり重量の違う2種類の同じモデルのヘッドを作っていました。装着するシャフトの重さで組みあがったときのバランスが変わるため、同じ長さに組むためにはヘッド重量を変える必要があったのです。ところが、コストダウンのため一種類のヘッドで対応することになったのです。軽いシャフトで組むとバランスが出ないのですが、バランスを同じにしようとすると、結果として軽いカーボン装着モデルの方が、重たいスチール装着モデルより長く仕上がることになります。カーボンを使うゴルファーは年配で身長も低い方が多く、正確性を求められるアイアンの場合、普通は短く組まなくてはいけないのですが、メーカーのコストダウンの都合で、長く振り難いアイアンを買わされているわけです。
10本セットだったものを8本セットや6本セットにして割安感を出したりしているのも「ごまかし」のひとつの手法でした。日本のゴルフ業界を支えてきた、世界に誇れる日本の「伝統工芸品」ともいえる「軟鉄鍛造アイアン」もコストが合わないため、姫路で作っている大手メーカーは皆無です。職人が削りだすアイアンヘッドは、使い手のどんな細かい注文にも対応が出来る本当のオーダーメイドが可能な製造方法です。
最近は競合メーカーの売れ筋の商品の価格帯に合わせ、売値を先に決めて物作りをはじめるところが多いように感じます。アメリカでは「プレミアムライン」といわれる高額クラブはしばらく発売されていません。コストダウンのため「鍛造アイアン」はアジア製となっていますが、「高品質、低価格」などはじめから無理な話で、莫大な宣伝費をかけ雑誌との「協力関係」でとりあえず売ってしまう。売れ行きが悪いと中古ショップに流して、翌年のニューモデルに取り掛かかるということになります。一般に販売されているクラブを使う場合も、使い手を「快適な気分にさせてくれる」クラブを探すのは大変です。
クラブヘッドには「重心距離」があります。「重心距離」とは、ヘッド重心からシャフト軸線までの距離で表されます。重心距離が長いヘッドは、インパクトゾーンでフェースの戻りが鈍くなりますが、フェースが開いてインパクトしやすいということは、スライスを含め「右に飛ぶ」ことになります。「重心距離」が長いほど、球の捕まりが悪くなりますが、すべてのヘッドに「重心距離」があるゴルフクラブは「右に飛ぶ道具」ということになります。なぜ重心距離が長いと球の捕まりが悪いのかというと、ネック軸(シャフトの中心線)を回転の中心とした右回り慣性モーメント(ネック軸周り慣性モーメント)が大きくなるからです。慣性モーメントが大きいヘッドは、重心が体の右サイドに位置するダウンスイングではシャフトのねじれもあり、左回転させ難いということになります。グリップとシャフトを回転させることでフェース閉じながらボールを捉えることを覚えないとレベルアップは難しいのです。
慣性モーメントの数値は簡易的には以下の式で表されます。(慣性モーメント)=(重量)×(長さの2乗)ですが、慣性モーメントは長さの2乗に比例するため、クラブが長くなればなるほど「重心距離」は球の捕まりの悪さに「2乗」で効いてくることになるのです。
大手メーカーが「やさしいアイアン」と謳って販売しているアイアンの特徴は、グースネックで地面に置いた時にかぶるものがほとんどです。「右に飛ぶクラブは難しいクラブ」と思い込んでいるゴルファーが多いのも事実ですが、ドライバーがスライスするゴルファー用にメーカーがアイアンを作ると「アップライト+グース+シャットフェース」という、お助け機能満載のクラブになってしまうのでしょうが、グースネックでフェースがかぶるアイアンの、リーディングエッジ(フェース)を真っ直ぐ向けようとするとボールを中に入れ、ハンドファーストに構えるしかありません。一番右に飛びやすいドライバーが捉まるようになると、アイアンは左に引っ掛るという「勘違いお助け機能」となっています。
アドレスでハンドファーストに構えるというのは、野球やテニスでは高めにきたボールに差し込まれた状態になります。「やさしいアイアン」の正体は、右にセットしたボールを上からぶつけるようなスイングをすると「引っかけながらよく飛ぶアイアン」ということになります、しかしこれはショートアイアンだけに許されるスイングです。バックスイングよりフォローの大きさが必要なミドルアイアンやロングアイアンは打てないスイングになります。7番以上はあまり飛距離が変わらないというゴルファーが使っているアイアンを見せてもらうとほとんどこのタイプで、ボールポジションは差し込まれた位置にセットされています。
ショートアイアンにも飛距離を求めるアベレージゴルファーは満足でしょうが、少しでもうまくなりたいと願うゴルファーには上達を妨げる「粗大ごみアイアン」となります。コースでドライバーより使う回数が多いアイアンは自分に合わせてから使うことをお勧めします。身長が違うゴルファーに対して、長さやライ角もワンスペックでしか販売していないのは理解ができません。メーカーの誇大広告に騙されて「やさしい」はずが「難しい」アイアンを使わされてはいませんか?
大手メーカーのクラブ価格は「低価格化傾向」にあります。ここ最近の不況のため、定価を下げないとクラブが売れないというのが理由のひとつなのでしょう。もともと総販売数が低下しているところに、定価が下がり、なおかつ値引きするとなると利益率は同じでも、利益額は相当ダウンすることになりますが、家賃や人件費は下がらず、信頼関係で成り立っていた日本の個人経営のゴルフショップは大打撃を受け「大型量販店」に呑み込まれてしまいました。大型量販店は、大量一括仕入れで仕入額を下げ、支払いはメーカーに手形で支払い、その手形の決済までに人気のない商品は返品および交換で、人気商品・売れ筋商品を揃えていくことができるのですが、個人経営のショップでは、商品の品揃え、手形決済ができず、次第に量販店に顧客を持っていかれてしまったのでしょう。
新製品の傾向は色を含め、より「デザイン重視」になっていますが「デザイン重視」になるからこそ、毎年新製品を出さなくてはならなくなることをメーカーは気が付いていません。クリーブランドやボーケイ等のウェッジは息の長い商品です。過去に名器といわれたモデルの「ライフサイクル」も長かったものです。
私がプロデュースしている「ミラクルアイアン」は、商品の単価がどんどん下がっているなかで、熟練した職人が姫路の工場で一つ一つのヘッドを「他社よりも丁寧に作っている」という自負があります。今までの技術で継承すべきものは継承し、新しいアイデアが浮かぶとそれを導入してきました。ユーザーの「使い勝手」を追究し、ヘッドの製造に反映するという繰り返しでした。お客様の要望に応えて、一つの鍛造からいろんな形のヘッドを作ってきましたが、同じ鍛造から作ったウェッジでも完成品になると全くの別物に仕上がる面白さがあります。
仕上がったアイアンをお渡しする時、「構えやすさが全然違います」と言われることをコンセプトに「使い手の使い勝手」を第一に制作してきました。「企業利益」が至上命題の大手メーカーは「一対一」の販売方法は選択できない事情があるのですが、「勘違いお助け機能」で理論武装された新製品にはお気を付けください。
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