第 25 回

 従業員のRさん(女性)は、イスラム教徒です。先祖代々の熱心な信者らしく、ラマダンの時は食べず、もちろん日々での生活でも、豚は一切寄せ付けず、彼女を熱心に口説いてきた彼氏をも、とうとう仏教徒からイスラム教徒に改宗させ、結婚にこぎつけました。Rさんを愛するあまり、彼はこれからの人生を、豚肉と決別したのでした。あー、私だったらつらい!トンカツもポークカレーも酢ぶたも、豚の生姜焼きも、コームーヤーンもムーピンも…。食べられない。従業員を連れて食事に行っても、Rさんのテーブルは、いつもシーフード専用です。彼氏は、毎日仕事が終わる10時には、バイクでお迎え。雨の日も、風の日もです。『愛は強し!』というか、『女は強し!』です。みんなにピザをとってあげる時も、まずソーセージ入りはダメ。ハワイアンがいいとリクエストされます。私はパイナップル入りが許せないのに…。たしかに、『豚肉を食べない』『牛肉を食べない』そんな人が沢山います(好みではなく、宗教上の理由で)。よく「食べてみればうまいよ」と無理強いする人や、ひどい人になると、豚を牛と偽って食べさせた後に、「実は豚だった」みたいないたずらをする人を見かけますが、これは絶対にしてはいけない事です。彼らにとっては遊びではないのです。「知らずに食べてしまった」のは、許されるそうですが、それは飽くまで事故。宗教は絶対なのです。とは言っても、タイの人たちはクリスマスはプレゼントをするし、ケーキを食べるし、バレンタインデーにはバラの花を贈るし…。タイ人って日本人とこんなところは似ていますよね。 「仏教は世界一寛大な宗教だ」と何かで読んだことがありますが、本当かもしれません。私はタイの人たちのワイ(合掌)が大好きです。いつも私が書くコラムに登場するN君を覚えておられるでしょうか?田舎から出てきて、チョコアイスを食べ過ぎて、全身アレルギーで病院に担ぎ込まれ、大騒ぎをしたN君。自分を捨てた母親に、毎月少しずつ送金して7年かかって、とうとう田舎に家を建ててあげたN君。まじめでいい子なのに、友達とビールを飲んでバイクで走っていて、警察の一斉取り締まりで、一人だけ逃げ遅れて捕まってしまい、その罰で、今でも道路清掃のボランティアをしています。今まで随分N君を登場させましたが、実は、N君にはTという弟がいます。Tもうちで働いていますが、このTは兄とは全然似ていません。父親が違うという噂もありますが、そこのところは追究していないので、定かではありません。Tは、16歳でうちに来た時、一丁前に彼女はいるし、ヒゲははやしているし、ズボンはずり下げてはくし、兄の真面目さとは対照的でした。なんか男臭いというか、やくざっぽいというか、今風というか。私はこのTが、ちょっぴり苦手でした。ある日、仕事が終わって、みんなが「サワディーカー」と帰って行った時、Tが相変わらずズボンをずり下げて肩を怒らせ、外また歩きで店を出てきました。コワイ…。そして、暗がりの中で、店の前の〝御神木〟に向かって、おもむろにワイをしたのです。本当にさりげなく当たり前に…。なんだか胸にグッときました。こんな子でも、無意識にワイをする。私は、これだからタイが好きなのだと思います。そしてTは、お迎えの彼を待っているイスラム教徒のRさんと、なにやら冗談を言い合って、帰って行きました。イスラム教も仏教も、ちゃんと共存しています。平和です!それ以来、私はT君を〝お抱えバイク〟に採用しました。ちょっと用があって近くに出かける時、バイクで送ってもらうのです(ただしソイの中に限りますが)。従業員たちは、私が出掛ける時に、キッチンに向かって叫びます。「Tベンツ!チューアイ!ヒロノサン!」ベンツはバイク、ヒロノサンは、私、服部です…。 〝元ヤン〟なだけにバイクの運転はうまいT。「ゆっくり行けよ!」と兄貴分のSが必ず一言。そんな毎日に、私はなんだか、ぬるーい幸せを感じているのです。  (はっとり)