第 29 回

 ある日の昼下がり、一人の見知らぬタイ人男性が店に入って来ました。オレンジ色のポリバケツに竹の棒をたくさん刺して、うちの従業員に差し出しています。「あー、またタンブンの季節か」と思いました。ソンクラーン近くになると、よくこの場面に出くわします。田舎のお寺にタンブンするのです。よくこの件で従業員と話すのですが、このお金が本当にお寺に行くのか?そもそも、この男性はホンモノなのか?みんな疑いを持っているのだそうです。この手の人たちは身分証明を持っているので要求すれば見せてもらえる。もし持っていなかったら警察に通報されて捕まってしまうのだそうです。でも、そこはタイ人。『お寺』、『タンブン』とくれば、少々疑わしくても無条件に信じてしまう…、というより、もし本物だったらバチが当たりそう…と思うのだそうです。竹の棒の先が二つに割れていて、そこにお金を挟んで、ワイをしてお願いを心の中でつぶやく。それが正しいタンブンです。みんな20バーツをタンブンしているので、まぁ、私は50バーツかな?あれ?新人のTは5バーツ玉を二つセロテープでとめている。給料前だからなぁ。大変だよね。だって、タンブンって一回じゃないんだもの。どこだかわからないお寺から、何件もバケツを持ち込まれる。そのバケツには、お寺の場所やいろいろと注意が貼ってあるので、確かめる事も出来るのだけれど、タイ人はそんなバチあたりなことはしないのだ!!そしてその日は、それだけではありませんでした。一人の若い男の子が、泣きながら店に入ってきたのです。まだハタチ前の、幼さが残る顔をくしゃくしゃにしています。私はタイに長いので、そこそこはタイ語が分かるつもりでしたが、その子の言っている事がまるで分らないのです。うちの従業員の子たちはイサーン出身が多いので、東北の言葉はラオスやカンボジア国境の言葉まで、なんとなく分かるはずなのに、みんな首をかしげて何度も聞き返していました。その男の子は汚れたTシャツをまくり上げて、それで涙を拭きながら何かをしきりに訴えています。Tシャツの下のお腹は結構ぽっこりとしていて、栄養は行き渡っていそう…。ちゃんと食べているね…。しばらくして、男の子は肩を落として店を出て行きました。「何だったの?」と従業員に聞くと、こういうことだったのです…。田舎はずっと南のスラータニー。ある日、親切な人が都会からやってきて、「いい稼ぎがあるよ」と村人を誘ったので、彼の親も喜んで彼を都会に出稼ぎに出したのです。バンコクに着いて、言葉も全く違う現実に彼は心細くなって、親切なおじさんに頼ってしまいました。なけなしのお金を預けて仕事を紹介してもらおうとした時、その親切なおじさんは姿を消してしまいました。村から一緒に来た人たちも同じ状況でした。それで男の子は泣きながら「お金を下さい」と店を回っているとの事。スラータニーは遠いから、汽車賃も千バーツ以上かかるだろうと、うちの従業員は言っていました。この話も本当かどうか?なんとも驚いた話ですが、「あの子の言っている事が本当だとしても、さっきタンブンしちゃったからチューアイメダイ」ですって!タイ人は涙に弱い所があって、「かわいそう」という感情はかなり強力なのに、それでも仏様にはかなわない、ということでしょうか。♪子供の涙とタンブンを 秤に掛けりゃタンブンが重い タイ人の世界…?♪これが別々の日だったら、きっとうちの子たちはあの男の子になにがしかの援助をしただろうと思います。そんなところは優しいから(話がウソだとしても)。でも、一足先にタンブンしちゃったから「チョークマイディー(運が悪いね!)」と一言。タイ人のこんな所が、私には心地良いのです。無理をしない。できる事だけする。疑いがあっても、少々の事は気にしない。グレーゾーンが広い。騙されても、傷がつかない程度に他人に優しさを分けてあげる。これが〝この国で生きている、この国の人たち〟なんだと、なにかある度に私は学んでいます。「もし日本だったら…」「日本人ならこんな時…」タイと日本を比べる事が、何の意味も持たないのだということを、やっとこの頃私は理解し始めています。なんたって、うちの従業員は可愛いんだもの。子供だし、分かりやすいし、単純だし。わけの分からない事もするけれど、かわいい。これからもよろしくね!!心の中で「お願いするのは私の方だよ」といつも思っています。  (はっとり)

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