第 36 回

 ある夜の8時頃、うちの店に一人の白人の男の子が入ってきました。短パンにタンクトップ、大きなリュックに日焼けした顔。長い旅をしてきたと感じさせる、10代の男の子でした。「あまりにいいにおいだったので…。あの…、メニューを見せて下さい。」恥ずかしそうに彼は言いました。焼肉のにおいに誘われて、ついドアを開けた…、という感じでした。彼はメニューをじっと見ていましたが、「これを下さい」と指差したのは、〝ご飯30バーツ(日本米)〟のところです。「はい?これはライスですけど…。」「持って帰れますか?」「いいですよ。」ポカンとしているタイ人の従業員に「ライスひとつ、持ち帰りにして。」と言ったものの、ランチボックス代の10バーツはとれずに伝票から消して「いいから、いいから。30バーツのご飯代だけ頂いて。」と従業員に言いました。彼は受け取ったライスを大切に抱えて外に出て行ったけれど、店の前の椅子にどっかりと座り、おもむろにライスを広げ始めました。「お箸を下さい。」と言うのでびっくり!ごはんを買って、どこかでおかずを買って、ホテルに戻って食事をするのだと、私は勝手に思っていたのです。彼は白いご飯だけを食べ始めました。私はあわてて、お水とナムル(野菜のごま油和え)と、うちの特製ダレを持って行きました。彼はにっこり笑って、「ありがとう」と嬉しそうでした。何の気負いもなく、自然な姿に「若さっていいなァ…」と私は心から思いました。若いから許されることってありますよね。タレをご飯にかけて、彼はゆっくりと食事をしています。「どこから来たの?」と問いかけると、「イスラエルの○○からです。」○○という町?村?は、私には理解できませんでしたが、彼が長い旅の途中だということはわかりました。決して汚い姿ではなく、パソコンやウォークマンを持っています。でも無駄なお金は使いたくないという感じ。あまりに大切そうに食べるので、「あなたは若いから、これだけじゃ足りないでしょ」とお茶碗にもう一杯、ご飯にゴマを振りかけて差し出すと、とてもうれしそうに「ありがとう」と言い、半分を食べ、半分は大切にリュックにしまい、「またホテルで食べます。おなかいっぱいになりました。幸せです。本当にありがとう。」とキチンと私にワイをしてくれました。まだこんな若者がいるんだなァ…と、正直驚きました。私の若いころは、こんな若者がたくさんいました。でも今、外国を旅することは、それほど大変なことではなく、むしろ、今の日本の若者たちは外国に出たがらないと聞いたことがあります。このイスラエルの若者が無事に世界を周れますように…と、その後ろ姿に胸がちょっとキュンとなりました。日本の若者も頑張れよ…。
 そして、それから数日後、今度は一人の日本人男性が店に入ってくるなり、「僕のこと、覚えてますか?無理だろうなぁ、7年前だから。僕10代でした。」というのです。正直、覚えていませんでした。誰だっけ?話を聞くと、何となく思い出しました。昔、店の前に3、4人の男の子たちがいて、私を手招きしたのです。「なんですか?」と私が出ていくと、「この店で食事をすると、いくら位かかりますか?」話を聞いてみると、10代の男の子が高校の卒業記念に友達同士でアジアを周ってみようと、その第一歩がバンコクで、そして初めての食事をどこにしようか、と歩き回っていたというのです。そりゃ、記念すべき一食はタイの屋台でしょ。「君たち若いのに、日本食なんて食べてたらお金かかるよ。」と私が言うと、「そうだよなー。これからいくらかかるか、わからないもんな。」「でも、親のカード持ってきたよ。」「やっぱ、この国のメシ食べようよ。」などとみんなで話し合っていました。私はお節介にも、ソイ39と38の屋台の地図を書いて渡し、「この店の○○がおいしいよ。」などと言いながら、内心〝大丈夫かな〟と思ったものでした。その時の子たちの一人が訪ねてきてくれたのです。「あの時、おばさんが『いつか自分で稼げるようになったら、またいらっしゃい。その時はおなかいっぱい食べてね。』って言ったでしょ。今、自分は社会人になって、出張でタイに来たので、おばさんに会いに来ました。自分で稼いでいます。焼肉食べてもいいですよね!」あー、あの時の子だ!と思い出しました。7年前は子供だったのに…。日本の若者も捨てたもんじゃないな。まだまだ日本は大丈夫だ…なんて、私は一人勝手に心の中でつぶやいていました。なんだかとっても嬉しい1日でした。  (はっとり)

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