第 37 回

 フォークとスプーンで食事をするのがタイスタイルです。ですから、常にフォークとスプーンはセットで売っています。先日、なぜか同じ数をそろえているはずのうちの店で、フォークだけが足りないと従業員が騒いでいました。フォークだけがなぜ無くなるのか。これは謎です。しかし、フォークとは「曲がるもの」だからなァ…。たかがフォーク、されどフォーク。私には、フォークに忘れられない思い出があります。
 ずっと昔、私がまだ20代になったばかりの頃の話です。ひとりでメキシコのマヤ文明の跡を追いかけていました。メキシコまでの直行便などはなく、ハワイ、ロス、と経由してメキシコへ。当時、円はまだ弱く、日本人は大きな顔で世界へ出ていくことが難しい時代でした。アメリカへの入国も厳しかったものです。私はロスからバハカリフォルニアを眺めながら、グレイハウンドの長距離バスに乗ってメキシコシティーを目指していました。白人からみると、私はまだ子供に見えたのでしょう。アメをくれたり、運転手さんのすぐ後ろの席に座らせてくれたり、いろいろ優しくしてもらいました。休憩のときは、一緒のテーブルで食事をして、私が乗り遅れないように気を使ってくれました。とにかく、長い長い旅でした。何回目かの食事のとき(レストランとは言えない屋台でしたが)、テーブルの上のコショーのビンの中でハエがブンブン飛び回っているのを見て思わず叫んでしまいました。今の私なら、『あら、ハエ』くらいでなんとも思わない、したたかさがあるけれど、その頃はまだ可愛いところがあったのですヨ!これから行くメキシコという国が、なんとなく怖くなって『本当に食べ物なんか大丈夫だろうか…。』ちょっと心細くハエを見つめていました。「○△□※」なにかスペイン語で言いながら、ウェイトレスの女の子がそのコショーのビンを取り上げて隣の席へ置き、隣のコショーをこっちのテーブルに置き換えました。相変わらず、隣のテーブルの上でハエはブンブン言っています。「取り替えただけか…。」と、この先が思いやられて、元気を無くした私に、周りの人たちが又「○△□※」とスペイン語で何か言いました。今なら分かります。「マイペンライ」をスペイン語で言ったのです。メキシコはタイと同じ、いえ、それ以上に「マイペンライ」の国なのでした。『ちょっとやめてよ、不潔でしょ。ハエがブンブンしてて』心の中でブツブツ言いながら、私は目の前のポークステーキに取り掛かりました。フォークで押さえてナイフを入れようと力を入れたところ、フォークが〝グニャッ〟と曲がってしまいました。ヤダ!今度はフォーク!まったくどうなってるの?!取り替えて…と言おうとしてフォークを見ると…。なんと裏側に〝MADE IN JAPAN〟の文字が…。その少し前、みんなが「どこから来たの?」「ジャパンです。」「ジャパンって?どこにあるの?」そんな会話をしたばかりです。私は思わずフォークをテーブルの下に隠し、なんとか元に戻そうとしました。あの時の私は、〝日本〟を背中にしょって立つ…位の意地があったのです。メキシコ人にとって〝ジャパン〟という国がどこにあるのか分からない、そんな時代でした。日本人が堂々と「アイアムジャパニーズ」と言えるのは、もう少し後のことです。メキシコの片田舎では英語さえ通じない。私は必死にフォークを伸ばして、何事もなかったかのように食事をしました。ポークステーキを切らずにかぶりつく、というのもなかなか難しいものがありました。その時から、私にとってフォークとは『曲がるもの…』なのです。いろいろな経験をしました。少しのことでは顔色も変えない今の私からは考えられないくらい、昔は可愛かったなァと、フォーク片手に思います。店でかけていたユーミンのCDが語りかけてきました。


♪青春の うしろ姿を 
 人はみな 忘れてしまう 
 あの頃の わたしに戻って
 あなたに会いたい♪ 

(はっとり)

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