第 4 回

 日本へちょっと帰国しました。東京は雪で大変な事になっていました。車も電車もバスもみんなストップ。東京駅の地下街で友人と会っていたのですが、別れて帰宅しようと地上に出た途端…吹雪…です。紅白歌合戦で最後に北島三郎が歌う時の、あのすごい紙吹雪みたいでした。(ちょっと古い?) 実家に帰る時は、いつも兄に車で迎えに来てもらうのに、今回は自力で行くはめになりました。前日の大雪で、兄は会社から家に帰宅したのが夜中の2時だったそうで、足がつってしまって車の運転が出来なくなったとか。

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 まあ、とにかく東京という街は10㎝の雪でパニックになってしまうのです。雪国の人たちから見れば、なんとヒヨワなことか…。タクシーも走っているのは雪国出身のドライバーさんばかり。「これくらいの雪で運転できないんじゃ、オレたちの育った町じゃ生きていけないよ、フッフッフッ…。」と不敵に笑っていました。ごもっとも。久しぶりの東京でした。大きな通り(清澄通り)にある大きな看板が目を引きました。 〝替えるなら奥さんよりも壁紙を!〟 今どきこれは問題にならないのか?とちょっとびっくり。上野のアメ横には中国人と韓国人の旅行者があふれていました。噂には聞いていたけれど、これ程とは…と心底おどろきました。いろいろな表示が中国語とハングル文字で書かれていて、英語は見当たらない位です。日本を留守にしている間に、アジアの勢力図は確実に塗り替えられているのだと実感しました。
 今回は免許の更新で新宿の都庁に行きました。新宿駅から都庁に向かっての地下道を、歩けども歩けども着きません。途中3人のお年寄りに「都庁はこちらでいいのですか」と聞かれました。いいかげん疲れ果ててやっと到着。

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でもこれってどうなの?お年寄りには優しくない街だなぁと、しみじみ思いました。途中で気分が悪くなったら、行くのも戻るのも大変です。駅1つ分くらい歩かなきゃならない。私の母も東京にいるけれど、これじゃひとりで都庁に来られないな、とちょっと寂しくなりました。都会には都会の言いところも沢山あるけれど〝東京砂漠〟とは言いえて妙だと納得。そんなこんなで慌ただしく1週間の帰国は終わり、温度差30℃のバンコクに戻ってきました。
 やっぱりタイはいい!  (はっとり)