第 41 回

 今回のコラムは、若い方には分からないかもしれないと、ちょっと心配しながら書いています。お客様が貸してくれた、今読んでいる本のタイトルが『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』というのですが、ちょっとしたベストセラーになっているそうです。「力道山」がプロレスラーだということを知っている人はいるでしょうが、彼が元お相撲さんで、少年の頃、大陸から渡ってきた外国の人だということを知っている人は、どれ位いるでしょうか。私がまだ幼かった頃、父の横でプロレス中継をテレビで見ていた時、黒いタイツをはいた男の人が「空手チョップ」という技で外国のレスラーをやっつけている?場面を覚えています。でも、まだよく理解していなかったので、なんだか恐かったように記憶しています。でも、間違いなく彼はヒーローでした。そして、私にとって「力道山」という名前は、もうひとつ思い出があるのです。
 30年以上前の話です。私が若かった頃、メキシコに住んでいたことがあります。ある日、メキシコシティーの街を歩いていると、大きな体の日本人の男性が4人、声をかけてきました。「日本人?」あの頃、あの国には日本人がそれ程多くなく、まして女性などはほとんどいませんでした。「このあたりに日本料理屋ない?」とその人たちが聞いてきたので、近くの『TOKYO』というお店を教えてあげると、「一緒に行こう」と言うので、案内してそのお店まで行きました。あきらかにスポーツをしている体つきの人たちで、話をしてみると、プロレスの巡業で中南米を周っているとのこと。(私は格闘技が大好きなのです!!)そういえば、街中にたくさんプロレスのポスターが貼ってありました。あきらかに格闘家の体をした、その中の一人の青年が、私に「頼みがある」と言いだし、よく聞いてみると、「このバックを日本に帰国したら自分の母親に渡してくれないか」ということです。彼は「モモタ」と名乗りました。ずっと後になって、彼が力道山の息子だと知ったのですが、その時は何気なく聞いていて〝あの〟力道山の息子だとは考えもしませんでした。本名がモモタさんだなんて知らなかった…! 自分が日本に帰るのはずっと先だから、私に頼みたいということでした。その時、私は帰国が決まっていたので、気軽に受けたのです。モモタさんは電柱に貼ってあったポスターをビリっとはがしてサインをしてくれました。それを私は今でも持っています。アルバムに大切に貼ってあるのです。これって貴重なものだと思いませんか!!忘れていた「力道山」という名前が、一冊の本で私の記憶の彼方からよみがえってきました。あの時、帰国して忙しい毎日の中で、ついズルをして、あのバックを宅急便で送ってしまった事を、今すごく後悔しています(私は東京で、モモタさんは大阪でした)。モモタさんのお家まで行っていれば、力道山の奥様に会えたのに…。なにか貴重なお話を聞けたかもしれないのに…(「力道山」という人は、いろいろな意味で歴史に残る人だもの)。人生の中で時に、とんでもない人と一瞬交差することがあるのだと、ふと思ったりします。それも遠い異国の地で。私は、あのメキシコの旅の途中で、そんな経験をもう一度することになります。それはまた、次回に聞いて下さい。  (はっとり)

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