第 44 回

 私は人生の中で二度、死にかけたことがあります。若いころ、旅の途中のメキシコで一度、グアテマラで一度。その時の話を聞いて下さい。
 メキシコでのことです。まず一度目。ジープを借りて山を越え、地図にも載っていないインディオの部落を目指していました。高地にある村はとても冷えていて、突然ヒョウが降ってきました(氷が空から落ちてくるヒョウです!!)。ジープと言っても、なぜかガラスではなく、プラスチックがはめ込んである車で、ヒョウが当たった所に穴が開いてしまいました。それもいくつもです。仕方がないので、村にある「なんでも屋さん」でバンソウコウを買ってぺたぺたと穴に貼りました。そんなこんなで山越えが遅くなってしまい、心が急くままに先を急いでいた時です。車が動かなくなってしまったのです。山の中です。周りは一軒の家もありません。でも、星と月の光であたりは真っ暗ではないので、それ程の恐怖もなく、とにかく誰かが通りかかるのを待つという、はかない望みにかけて八時間くらい。奇跡というのがピッタリな、一台の車が…。それは救急車でした。普通は護身用にピストルを持っている国です。止まってくれるはずがありません。けれど救急車ですから、半分眠ってしまいそうな哀れな私を(寒さで眠くなるって本当なんですよ!)拾ってくれました。生まれて初めて救急車に乗せられて横たわっている数分間、意識がありませんでした(この山では、行き倒れが十年間に二人いたと後で聞き、ぞっとしました)。夜は本当に寒かったです。ふと、我に返って寝かされている自分に気付き、そして隣を見ると…。インディオの少女が同じように寝ているのです。それも、咳こむ度にゴホゴホと血を吐いて、胸元は真っ赤に染まっています。まわりも血だらけ…。そして、その少女の枕もとには、白髪の老婆がうずくまって、何か粉のようなものを振りまきながら、ゴニョゴニョつぶやいているのです。ボサボサの髪を振り乱して、木の枝のようなものをしきりに振り回して…。こわい…。私はとっさに思いました。「私はそれほど悪いことをしてきたわけじゃないのに、なんで地獄に来ちゃったのかなァ…。これは何かの間違いだよなァ…」人間って切羽詰まると、意外にジタバタしないもんだと、その時思いました。ただ、「私の骨は日本に帰れないよな、きっと…」とそんなことを真剣に考えていました。真っ暗な車の中です。
 あとから聞いたところによると、インディオの部落に初めて救急車が出動したのだそうです。拾われてから二時間時間くらい走って、私は小さな村の一軒のホテルの前にポイされました。体が動かず、這うようにして部屋に入り、そのままベッドにもぐりこんで、私は生き返りました。あれからまた二時間くらい走って、少女は病院に運ばれていったことを、あとで知りました。二日後、私は元気になり、村の若者たちに助けを求めて、車のある山の中へ引き返しました。明るい光の中で見る景色は、夜には気付かなかったけれど、素晴らしいものでした。心優しい人たちと、透明な自然と、そして私を生かしてくださった神様に心から感謝!!でした。
 あの時の少女はどうしただろう。あとから考えれば、きっと少女の母親であったろう老婆の祈りは届いたのだろうか…。村で初めて病院に行った少女です。ずっとずっと昔のことです。携帯もパソコンもありませんでした。私の命はかろうじて明日へとつながったわけで、それから四ヶ月後、もう一度私は死ぬ思いをするのですが、それはまた、次回に聞いて下さい。  (はっとり)

h44