ヒロ君との出会いと別れ

 タイに長く住んでいると、日本にいる時とは比較にならない数の「別れ」があります。もちろんその数と同じほどの「出会い」もあるわけで、それはそれで楽しいのだけれど、いざ別れがやってくると本当に寂しいです。
 私のコラムに何度か登場した『ヒロ君』が帰国してしまいました。友だちというには若すぎるけど、息子みたいというにはゴツすぎる彼とはもう8年来のお付き合いでした。「10代の頃の彼はヤンチャしていて色々とあったけど、20歳を過ぎてからはキレイなもんだよ」とヒロ君。私のこれまでの人生にはなかったキャラだったせいか、好奇心丸出しで根ほり葉ほり訊く私に嫌がりもせずに答えてくれました。お父さんのこと、お母さんのこと、妹のこと、ワルだった昔の話もたくさんしてくれました。
 色々あってタイに来て、自分で店を始めて頑張っていました。お母さんが来泰したときには「俺のかあちゃんだよ」と連れて来てくれました。「はじめて普通の彼女ができたよ!」と、嬉しそうに紹介してくれたり、高校生の時から家出して独りで生きてきて、これまでできなかった色々な事をバンコクで思い切りやっていたヒロ君。
 例えばヨーロッパへの旅やバスケットボール。本当によく働き、よく遊んでいたヒロ君。彼はタイに来て本当に良かった。でも、お母さんの強い希望で帰国せざるを得なくなってしまいました。日本にはお母さんとおばあちゃんと妹。女3人の家族がヒロ君を待っていました。おばあちゃんが認知症で、お母さんが働いている為、家の中心になる者がいないと、どうにもならないという事でした。ヒロ君が帰国する前に、こんな事を言っていました。「俺は早くから家を出て好きにやってきたから、今さら家に戻っても居場所があるのか、ずっと不安なんだよ。俺の意見とか言ってもいいのかな…」私は「デーンと構えていればいいのよ。一家の長男として、これからはお母さんを助けなきゃならないんだから。頑張ってよ!」と励ましました。
 長い付き合いの中で私が本当にヒロ君を好きになったのはいつだったか…。はじめは何だかよく解らない若者として距離をおいていました。ある時、日本から高校のバレーボールチームが試合で来泰した時、それほどメジャーではないので予算も無く、ラムカムヘンの奥の方に宿泊して不自由な日々を過ごしていた彼らを、ヒロ君が私の店に連れてきました。「美味しい肉を食わせてやりたいんだ」見上げるほど背の高い彼らに囲まれてヒロ君は言ったのです。「こいつらは日本の宝だよ」私はこの時、ヒロ君を大好きになりました。「なんか、いい子だなあ、見た目はゴツイけど本当にいい子だなあ…」と、心で呟いたのを昨日のことのように覚えています。 あれから8年、ヒロ君は帰国してしまいました。何となくまた、ヒロ君がタイに来るような気がします。彼を本当に生かすのはタイの国だと私は思うのです。その時、私がまだ生きているかどうか、それはわからないけど、「あけおめ」とか「ことよろ」なる日本語を教えてくれたヒロ君。最近、たくさんの別れが心に堪えるのは私が年をとったということでしょうか…。ご縁があって、アジアの片隅で交差した色々な人生。なんだか大切にしたいなあ、なんて思う今日この頃です。
 (追記) ベック君という、もう一人の若い友だちと3人でヒロ君の送別会をした時、ベック君も寂しかったのでしょう、「ママはまだタイにいるやろ?」「うん、ずっといるよ」「じゃ、俺、ママの葬式には出るけんね!」だって。若い友だちがいると、お葬式は寂しくないなあ…。なんて思いました。ちょっと嬉しいかも、です。さて、気を取り直して今日も元気にいきましょう!
(はっとり)