一年間ありがとうございました

 ベトナムのホーチミンに『マジェスティックホテル』という古いホテルがあります。たくさんあるホテルの中で、私はこのホテルが一番好きです。外資系の快適な新しい大型ホテルにも泊まってみましたが、なんだか味気ない気がします。サイゴン川のほとりに、ずっと昔から建っているこのホテルは色々な小説にも出てきます。知る人ぞ知る有名ホテルです。はるか昔、ベトナム戦争の頃、世界中の特派員がこのホテルに泊まっていました。それぞれの国に記事を送るために毎日が命がけの日々で、きっと夜になるとサイゴン川を見ながら「今日もなんとか無事だった」とグラスを傾けたことでしょう。たくさんの歴史をこのホテルは見続けていたのだと思うと心が躍ります。
 このホテルの屋上にオープンバーがあります。夜になると三人の老いたベトナム人のバンドマンが演奏を始めます。ずっと昔から変わらずにそこに居たに違いない…と思える様な彼ら。まるで日本の下町の『八百屋の源さん』や『魚屋のトクさん』みたいな雰囲気と言ったらいいのか?直立不動で二コリともせず、いい具合に色あせたジーンズとTシャツ姿です。昔の職人さんってこんな感じ?年を重ねないと歌えない歌ってあるんだなァ…と素直に思えます。昔はいい曲が多かった。見た目はただのおじさんが、歌いだすとすごくいい男に見えるから不思議です。白人のお客が多かったせいか、彼らが『夢のカリフォルニア』を歌いだすと拍手、拍手。ママスアンドパパス、ビーチボーイズ、カーペンターズ、イーグルス。私まで嬉しくなって、そして涙が出そうになりました。心に響いてくる音楽ってあるんだなァ…。たぶん40年以上の年月、何百回と歌いこんだ彼らの演奏に只々聴き惚れていました。その時、日本人の背広姿のビジネスマンがゾロゾロと入って来ました。すると三人のおじさんバンドでは地味すぎるからか、若いフィリピン人の男女がボーカルに加わって賑やかに歌い出しました。見た目もイケメンの彼は踊りながらやたらにお客にアピールします。日本人のお客を意識してか、女性が歌い出したのは、なんとテレサテンの『つぐない』です!「こんなワラシれもォ忘れないれねェ~♪」ってアナタ…この曲を陽気なフィリピーノが踊りながら歌うってなんだかなァ…日本人へのサービスなんだろうけど複雑。今までの空気がガラリと変わってしまいました。もう一度『八百屋の源さん』の歌を聴いたら帰ろうと少し粘ってみました。30分位経って、やった!『マイウェイ』。良かったです。若い人にはこの歌は歌えない…。人生を振り返って「この人生しかなかった」と言えるのは幾つなんだろう?忙しい日々でほんの少しの息抜き。頑張っている自分へのご褒美に『源さん』の歌は最高でした。
 さて、今年ももうおしまい。一年間、HATTORIをご愛顧いただきまして本当にありがとうございました。どちらさまもよいお年を!また来年もよろしくお願い致します。

(はっとり)

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