ちこっとコラム

105回目 コッチャーンでボッチャーン

104回目 未確認ぶらさがり物体

103回目 立ち食いソバの誘惑

102回目 はじめまして!

101回目 カメ使いの美女

100回目 赤は、気をつけて進め…!?

099回目 ノリノリ!Thai…

098回目 憧れの氷点下

097回目 閲覧注意!恐怖…

096回目 年が短いカレンダー

095回目 大ニュース!UFO発見?

094回目 プラマーン...?(2)

093回目 プラマーン...?

092回目 僕の決めポーズ!

091回目 ハトの歩き方

090回目 避暑地のハイテンション

089回目 便座に乗らないでください

088回目 叩く、叩かないの...

087回目 タイの痛車…

086回目 タイの凝固点降下アイス

085回目 名前をすぐに変えなさい

084回目 懐かしい秋の味覚はムシだった

083回目 なりきり戦争ゲーム?

082回目 テキトーでおおらかなミニ動物園

081回目 どうも納得出来きないのだね!!

080回目 シンガポールのティー&カフェ展示会

079回目 新しいモーターサイ乗り場

078回目 観覧車から眺める夕日

077回目 タイで過ごした日々を振り返るのだね

076回目 バンコクのスモッグ

075回目 デモグッズ屋台

074回目 植木なのか?ゴミ箱なのか?

073回目 2014年の目標は???

072回目 ヒゲ自慢のビーズ屋おじさん

071回目 タイの「なんちゃって~」寿司

070回目 仰向けで寝るサバーイ犬

069回目 タイの猫都市伝説?

068回目 ほのぼのふれあい動物園

067回目 行商コンビニ

066回目 マニアックな動物ショー

065回目 KLの癒しサービス

064回目 ミャンマーの水サービス

063回目 究極の気遣いトイレに…

062回目 書かなければ解らない

061回目 「ピンクレディ」の衣装を売る店?

060回目 凶悪バスの運転手はいい人だった?

059回目 道路の水だらけ掃除

058回目 新橋のハトおばさん

057回目 やめてっ!ノリノリ運転

056回目 忠犬・ソンワーン

055回目 激突シンドローム(症候群)

054回目 激写スポットにオババ乱入

053回目 信じる、信じないは…

052回目 ネズミ帝国の逆襲 (画像閲覧注意)

051回目 ノーベル賞ものの白血球?

050回目 市場のバトルはアホ名で決着

049回目 カオヤイでパンツ破けた

048回目 街の景観はひとつの窓からなのだね

047回目 いつでもどこでも営業中なのだね

046回目 洪水でも快適~高床式路上生活

045回目 泥沼化するバンコクの渋滞なのだね

044回目 ユニークな名前のタイの猫たち

043回目 そんなに適当で大丈夫??

042回目 日本の自動化システムと高齢化社会

041回目 東京下町の神社で縁起かつぎ

040回目 東京で遭遇した奇妙な人々

039回目 壁が崩壊!でもマイペンライ?

038回目 街の公衆体重計なのだね

037回目 癒し系マッサージ?なのかな

036回目 高級トイレは快適なのだね

035回目 i Phoneの最新機種、5G?

034回目 不老不死の薬を作り出す?

033回目 ソンクラーンは楽しいのだね

032回目 毒が出ましたハーブサウナ

031回目 首長美人になるのだね

030回目 荷台に人間満載でお気楽に

029回目 なんちゃってお寿司なのだね

028回目 国際標準は何色なのだ?

027回目 安直アドベンチャーランド…

026回目 温泉日和に運気上昇

025回目 お気軽ほのぼの防災訓練

024回目 裏技・水没ケータイ復活法

023回目 安くてお手軽 街角ミシン

022回目 チャトチャックの肩乗りリス

021回目 メーターは壊れていても車は走るのだ

020回目 選ばれてしまったのだね

019回目 振り込めサギにご用心!!

018回目 フンッとえらそうな従業員

017回目 気兼ね無さすぎ、オープンカフェ

016回目 雨のプーケット・サファリでガス欠

015回目 暑っ! 炎天下の罰ゲーム???

014回目 猪木居酒屋で元気ですか~ダァッ!!

013回目 コピってみたけど著作権?

012回目 究極のリサイクル?…

011回目 必ず当たる宝くじ…

010回目 サファリワールドで餌くれ~!

009回目 霊験あらたか三ッ頭の巨大象

008回目 チェンマイで見た仕事の秘訣

007回目 幸せな人は目覚めたらどんな人?

006回目 売れない貸せないコンドミニアム

005回目 合法的・下校時の買い食い

004回目 「つられワイ」の法則

003回目 お正月の水上マーケットは大渋滞

002回目 仕事の前にまずはみんなで晩酌???

001回目 お坊さんの愛読書を覗き見してみた

タイで過ごした日々を振り返るのだね

 この我がコラムが今回でついに200回目となるのであるのだね、一応きりのいい数字であるのだし、まぁよくも200回も続けてこれたのだねということで、この機会にタイで過ごした日々を多少なりとも振り返ってみてはどうかと思うのだね。振り返るといっても、まだまだ私なんてタイに来て今年の5月で17年が経ち18年目になるわけだけど、それ以上にずっと前からタイにいてがんばっている先輩方に比べたら鼻たれ小僧ほどのものなので、あくまでも自己中心的に勝手気ままに来た当時から今を振り返ってみるのだね。
 私が初めて海外に出たのが20歳の学生最後の夏休みだった。その当時はまだバックパッカーなるものが流行っていたので、自分もいつかはこういうバックパックをしょって気ままな旅に出てみたいというのが、かねてからの夢だったのだが、それがようやくかなったのが20歳の夏休みだったのだ。
 インテリアデザイン系の学生だった事もあり、デザイン、建築、アートなど是非とも本物を見たいという強い思いがあり行き先はヨーロッパであった。45日間の旅の間いろいろな体験をし感動し日本へと戻ってきたものの、その後いざ就職活動という時期になっても何となく一般的に就職するという気にもなれず漠然と『あ~海外に行きたいなぁ』という思いがあった。
 そんなある日のこと、学校の先輩が香港で仕事をしていて、そこで人を捜しているという情報があり、すぐさま香港まで面接に行ったのだが、当時治安があまり良くないということで、やっぱり男性がいいのですね~と断られてしまったのだ。ここで海外で働くという夢が中断してしまったのだが、いつかはきっとという思いだけは常に持ち続けていた。
 デザイン事務所での仕事が6年経った頃、事情があり、退職した後にタイミングよく知り合いからバンコクでインテリア系の仕事をする人を捜しているというので、バンコクがどこかもわからないまま即座に『私行きます!』と答えていた。いつも初対面の人になぜタイに来たのですか?と聞かれるのだが、これが初めてタイに来るきっかけとなったものなのだ。そう、たまたまタイでの仕事の話だったので、これが他の国であればその国に行っただろうし、そう考えると全くそれまで興味もなかった国だったのにも関わらずこうしてやって来るということになったのも、今から考えてみると何か縁というか不思議な気がするのだね。
 行くと決めてから『さぁてと、タイっていうのは果たしてどこにある国なのか?』というレベルの知識だったので、まずはガイドブックを買い『あ~みんなが行く南の島のプーケットというところはタイの国だったんだね~』など誠にのんきであった。それほど興味がない国であったのだね。よくこちらで現地採用で働いている人たちの話を聞くと、『タイに旅行に来て好きになったので来ました』とか、『とにかくタイが好きなので仕事を探してこちらで働きたくてやってきました』とかいうのが多くて、自分の意志でくるのに『全くその国の事に興味ないもんね~』というのは珍しいようであった。
 そして、いよいよ出発も差し迫ったある日のこと、テレビでタイの山岳民族を特集する番組を放送しており、山深い処に住むとある一家を追いかけていた。この一家、芋を掘って食べて生きているので、芋がなくなるとまた芋を探して移住するという一家で、移住が基本だから家も木と葉っぱでテントのようなものを作りそこで生活しているという至ってシンプルな暮らしをしている人たちであった。それをみた我が父が『おまえすごいところに行くんだな~。こんなところで仕事があるのか?』と私がタイに仕事に行くといってもにわかに信じがたいという目で見ていたのだった。たしかにこれだけ見たらタイという国はまだまだ未開の地であり、こんなところであったら家もないのにインテリアなどまずあり得ないし、まして会社や仕事というレベルまでの話ではないのである。私も口では『ここは田舎の山の中だけでバンコクは首都だし大都会だよ。東京みたいなもんだよ。』といいつつも、会社はバンコクだけど、少し田舎にいけば急にこういう田舎になってしまうのか?本当に私が行って仕事があるのか?少しばかり不安になりつつスーツケース一つで出発したのだった。これが1997年5月12日の事であった。その頃のバンコクの国際空港はドンムアン空港のみであったのだが、到着するとなんとなくほわ~と生温い感じで、何ともいえない匂いがしてまさにアジアに着いたものだと感じる空港であった。そしてタクシーに乗り街の中へと行く道中も想像以上に都会であったのと、それでもまだまだ雑然としているところがあり、そのグチャグチャ感がなんとなく好きなSF映画のブレートランナーの世界を彷彿させるようで一人興奮していたのだ。
 到着翌日から会社の近くの庶民的な市場や屋台が並ぶソイの奥にある安いアパートでの生活が始まった。この頃は見るもの食べるもの、なんでも新鮮でとにかく言葉も出来ない、仕事にも慣れないといけないというのに、大変というより楽しいという毎日だった。暇さえあればというか、仕事以外ではまだ友人と呼べる人がいないので基本的には暇を持て余していたのだから、ただひたすら歩いたり、バスや船に乗ってどこかへ出かけたりしていた。そんな風にブラブラして、どこかの街の路地裏なんかに行き、懐かしさを感じる庶民の生活を垣間見るのがまた楽しいものだった。そうそう、今では見かけなくなってしまったけど、当時チャオプラヤー川の船に乗ってノンタブリーまで行った時に、船付き場の前の広場にはトゥクトゥクならぬシクローがたくさん待機していたのだね。シクローとは日本では浅草なんかで観光客相手にしている人力車的なもので、自転車で後ろの乗り物を引いて行くというものなのだけど、初めてシクローに乗ったときの運転手は途中で死んでしまうのかと心配してしまうような年老いたじいさんだったのだった。それでもこのじいさん、これなら歩いた方が早いよねという誠にのんびりとしたスピードでえっちらこっちらと進んで行った。ほどなくして市場に着いた時にはじいさんはとうとう力尽きたようで座り込んでしまったのだった。こういう乗り物を利用する人たちもまた時間にとらわれることのない、全然急がないもんね~という人たちなので、田舎の街には適した乗り物なのだね。それまで東京で朝の通勤ラッシュなど、決まった時間に乗って乗り換えでもまた急いでと、とにかくなぜだか時間に追われるような生活をしていた身にとってはこの時間なんて気にしないという感覚がまどろっこしくもあったが、とっても新鮮でもあったのだ。でも、そんな味わい深い乗り物も時が経つにつれてどんどんみかける事が少なくなってきた。
 丁度その頃からBTSの工事が始まり大きな通りで渋滞がさらに加速して夕方なんかはどうにもこうにも全く動かない状態だし、バイクも今よりももっと多くてちょっと外を歩こうものなら排気ガスと埃で耳や鼻の中まで真っ黒になっていた。その当時、バスもエアコンのないバスが主流であり、今よりももっとボロッちいバスであって運転もひどいものだった。なぜかのんびり屋さんのタイ人は乗り物を運転するとどうも人格が変わるようでいて、急げ急げ、追い越せ追い越せとスピードを出して荒っぽくなるので、以前バスから落ちたという話を書いたが、そんなバスに乗るにも慣れないせいもあり危険を伴うため必死だったのだ。
 そんなゴチャゴチャバタバタとした毎日を送っていたのだが、ある日突然アジア通過危機というバブルがはじけたようなことがアジア各国で起こってしまった。タイでも急に景気が悪くなり、あちらこちらで建設中のビルの工事が止まってしまい幽霊ビル化したり、外国企業も体力がなくなってきて日本から来ていた駐在員もどんどん日本に帰る事になっていった。そして私がいた会社もそれに伴い仕事が減ってきたので、とうとう閉鎖することになったのだった。そこで一旦タイの経済がストップしてしまったかのような感じだったのだね。私もここで日本に帰るか?ここに残るか?と考えたあげく丁度タイでの生活にも慣れてきて少しずついろいろな物が作れるという事がわかってきて面白くなってきたので、ぜひともこの地に残って何か出来ないものかなぁと思い、踏みとどまったのが、今もこうしてこの地で暮らして小さいながらも生業をするきっかけとなったのだった。そうこうジタバタとしているうちに気がつけば自分自身も年をとり、取り巻く環境もずいぶん変わっているのだけど、タイの中でも特にバンコクはBTSや地下鉄ができたことで、そこの周辺がみるみる開発され、駅周辺の小さな商店などがなくなってばかでかいショッピングモールが出来たり、そのぶん街の中も整然ときれいになってきたわけだけど、便利になったぶん、以前のような雑然混沌とした感じがなくなっていくのがうれしいけど寂しい気もするのだね。そして街の発展とともに人々の暮らしももちろん変わってきているようで、その中でも最近は本当にだれもが携帯電話を持つようになっているし、根本的に話好き、写真好き、自分好きの国民性にはピッタリのものらしく、常に携帯をいじっているという人が多いように感じるのだね。基本環境は変わっても人間性はなかなか変わらないようで、仕事中でも携帯をいじっているというのがどうにかならないものかなぁと常々考えているのだね。どこかのデパートに買い物に行くと、昔は床に座って何か食べていたりしたのだが、最近は携帯をいじっていて客の事に無関心という態度の人が多いし、ひどいのはモーターサイを運転しながら携帯でしゃべっているというやつもいるので、誠に危なかしいったらありゃしないのである。経済が発展して物があふれて豊かになっていくのは良いと思うのだけど、良いもの悪い物使い方など、是非もう少しまじめに考えてほしいものだと思うのだね。これからまだまだタイも変わっていくのだと思うのだけど、それに伴い、人々の意識も少しは良くなってほしいと願ってしまうのだった。それでもまぁ、発展してきているおかげで今までなかなか食べられなかった日本食なども今ではすぐそこで手軽に食べられるようになったし、デパートなどでは日本のデザートや果物もずいぶん充実しているので、日本人の我々からしたら誠にうれしいことなのだね。そうそう、こうした日本食も以前なら日本人向けだったのに、最近ではタイ人の方が多く人気もあるというもの人々の味覚もしかり、経済状況も良くなってきているということなのだろうね。
 何はともあれ、自分自身も振り返ってみればいい事も悪い事も、泣いた事も笑った事もたくさんあって少しずつ変わってきているのだし、タイの国も同じくいろいろな出来事があったわけだけど最後はやっぱり住めば都なのだね。なにかの縁でこうしてタイが変わっていく姿を見る事が出来てきたというのは幸せな事だと思う。今後もいつまでこの地でお世話になるのかわからないけど、タイ的にサバイサバーイで暮らせたらいいのだなぁと思う今日この頃であった。

(ちこ)