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体験記・2010年の悪夢

010

あれから1年胸にレーザー照準、決死の脱出

 起こってしまった事、過ぎてしまった事を、今更とやかく言っても仕方がないかもしれない。しかし、心から拭い去ることのできない出来事はいつまでも忘れることはできないし、人によっては精神的外傷・トラウマとなって時が経ってもフラッシュバックし、目の前の風景に重なってしまうのである。古タイヤと林立する竹槍と燃え盛る炎が。
 | 5月15日、あれから一年が経った。コンドミニアムの高層階に住んでいた私は、早朝の銃声と爆発音で目が覚めた。ベランダに出てみると眼下の大通りに人が倒れているのが見えた。歩道に一人、オートバイの傍らに二人、流れる血が2メートル先の車道まで伸びていた。周囲の建物の陰には何人もが丸くなり身を寄せ合っていた。
 昨夜、私には信じられない事が起こっていた。ベランダで煙草を一服吸っていた際に、胸のあたりに小さな光の点が這い廻っていた。光、レーザー、これはレーザー照準ではないかと直感し、室内に戻った。しばらくして館内にアナウンスがあり、危険であるからベランダには絶対に出ないようにと言っていた。私の住んでいる二つ下の階の住人が同じようにベランダで煙草を吸っていて銃撃され、即死だと聞いた。私の息子とよく遊んでくれている芸能人の男性の部屋にたまたま訪れていた叔父が銃撃されたと連絡が入った。彼自身も叔父を助けようとベランダに出た際に銃撃を受け、弾が肩を貫通し病院に運ばれた。建物の向かいのソイでは数日前から古タイヤでバリケードが築かれていたが、その辺りから10人ほどの男たちがコンドミニアム内に乱入しようとして、近くで警備にあたっていた警察に排除され、近くで建設中のコンドミニアムが放火された晩の出来事であった。
 反政府組織、通称「赤服」が伊勢丹前の大通りからルンピニ公園までを占拠して二か月余り。収拾を望む声が高まる中、誰もが不安な毎日を送っており、ついに来るべき日が来たのかと思った。眼下の惨状をカメラに収めていると、歩道橋の上に兵士が数人、こちらを見上げて指差し、中に入れと叫んだ。バリケードの周囲に大勢いた者達はいつのまにか見えなくなっていた。反政府組織が数日前から赤服を脱ぎ、一般市民にカムフラージュしている事はTVのニュースで知っていた。「黒服」というテロリストも現われていて危険だと報道していた。 昼に館内放送があり、避難を希望する者はロビーに集合するようにと言っていた。百人ほどが集まり、危険が高まったので5分で身仕度をし、再び集合との事だった。子供の物を主に旅行バッグに詰めてロビーに戻り、5人ずつに分かれて裏手の塀を乗り越えて脱出した。私は子供を抱えて妻の手を引き、塀を乗り越えた。銃声と弾が空気を引き裂く音が身近で聞こえた。不発の手製火炎ビンが転がっていた。 
 今まで歩いた事もない裏の小道をしばらく行くと、バスやタクシーが平常通りに走っていた。別世界だと思った。難民となって友人宅に身を寄せている間に放火と略奪が広範囲で起こった。赤服とは関係ない者たちが混乱に乗じてやっているのだと聞いた。「物は持っていってもいいが、火だけは付けないでくれ!」と叫んでいた警備員の声が今でも耳に残っている。