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佐藤洋太、海外防衛ならず

058

8回、無念のTKO負け タイ防衛戦の一部始終

 WBC世界Sフライ級王者の佐藤洋太(協栄ジム)が、5月3日にタイ東北部シーサケット県のコンムアンシー・ボクシングアリーナで3度目の防衛戦に挑んだ。日本人世界王者がタイで防衛戦を行うのは、1964年1月の海老原博幸以来49年振り。過去、挑戦を含めてタイでの日本人ボクサーの世界戦戦績は16敗1分けと一度も勝利したことが無い鬼門の地である。協栄ジムの金平桂一郎会長は日本開催を目指し、辛抱強く数回に渡り渡タイし交渉を重ねていたが、残り一つの興行権(オプション)を保有する前王者のプロモーター側もタイ開催を譲らず、やむなく敵地タイへ乗り込む事となった。
 試合が行われる5月のタイは猛暑で外国人が戦うには非常に厳しい環境。地元選手に有利な判定が多い事でも知られ、過去にファイティング原田、海老原博幸と二人の日本人世界王者がベルトをタイに奪われている。戦前、佐藤は「日本人がタイでの世界戦で勝った事が無いそうなので、史上初に挑めるのは楽しみ。旅行に行って、スパーリングをしてくる位の気持ちでやれば意外と勝っちゃうと思う。」とコメント。陣営も対戦相手、シーサケット・ルンビサイをビデオで見たが、いつものコンディションでリングに上がれば問題なく勝てるであろうと話していた。大事なのは、いかに日本と同じように調整し、ベストでリングに上げるか。その一点であると。
 佐藤陣営は4月27日早朝にバンコクに到着。セキュリティの高いホテルに居を構え、初日から連日、午前はホテル内で縄跳びを跳ぶなど軽い調整をして、夕方からはラマ4世通り近くのロンポージムでボクシングトレーニングを行い精力的に汗を流した。練習後はトンローのマッサージ店「もみや」さんの厚意でマッサージ、酸素カプセルに入り疲労回復に努めた。そして5月1日にウボンラチャタニー入り。翌2日に試合場近くのホテルで計量を行い両者共にパス。ここまで何もトラブルもなく、仕掛けてくるなら計量だろうと予想していたが、予想に反して?スムーズに終了。その日の夜はバンコクから持ち込んだ、焼肉HATTORIさんのお肉と果物でエネルギー充填。
 そして決戦の日はやってきた。会場まではもみやさんの会社の現地スタッフに先導してもらい迷わず到着。スタッフ数名と会場の設備をチェックする。大型扇風機も回り、暑いが想定内の暑さである。問題ない。これはいけるぞ!この時点で陣営の誰もが佐藤洋太の勝利を疑わなかった。
 バンテージチェック、グローブ装着、と着々と準備が進みリング入場の時間がやってきた。両選手がリングイン。私もリング上に居たのだが、とにかく暑い。リング下の人間に確認すると、今は37℃あると言う。つい1時間~2時間前には元気に回っていた大型扇風機もなぜか止まっている…。
強いライトにも照らされ、おそらくリング上は42℃以上はあったであろう。さらに、現地スポンサーの紹介、演説が延々と続く…。何もしていないのに陣営全員が滝のような汗を流している。この時間が佐藤洋太の体力を削っていったのは間違いないだろう。
 試合開始のゴングが鳴ったのはリングに上がってから30分以上経ってからだった。初回、佐藤洋太の動きにいつものキレ、スピードが無い。加えて挑戦者が予想外のサウスポー一辺倒のスタイル。これまで変幻自在の動きで相手を寄せ付けなかった佐藤洋太が容易に懐に入られ、以降のラウンドも連打を受ける展開が続く。6回には良いカウンター、ボディーブローを痛打して挽回しかけるもペースを奪い返すには至らず、8回に赤コーナーで連打を浴びているところをレフェリーがストップした。シーサケット選手は世界初挑戦で王座獲得。佐藤洋太は3度目の防衛に失敗した。試合後、佐藤は「試合までは完璧な状態だったが、自分の力を出せなかった。前半でバテたのは想定外。言い訳できない。」とコメント。個人的には階級を上げて減量苦から解放された強い佐藤洋太をもう一度見てみたい。奮起を期待する。 最後になりましたが、もみやさん、孫三郎さん、ロンポージムさん、焼肉HATTORIさんには大変お世話になりました。厚く御礼申し上げます。 (井上)