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強気のベトナム、中国の誤算

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報道しない「大国と互角に戦う裏側」 東南アジア最強のベトナム

 昨年から中国の領海領空侵犯が頻繁に繰り返され、南シナ海で体当たりや放水といった暴力行為に及ぶ中国に対し、ベトナム国内では反中感情が一気に高まった。中国に対する抗議のデモが拡大し、中華系企業への焼き討ちや略奪放火が相次ぎ、中国人の死者も発生したのは最近の事である。
 埋蔵される石油欲しさに中国が領有権を主張する尖閣諸島と同様に、南シナ海にも石油や天然ガス、マンガンなどの資源が豊富であることが資源調査で判明した。そこでベトナムの領海で一方的に石油採掘を宣言し、抗議するベトナムの艦船と衝突する事態に発展した。フィリピンなど周辺諸国は、中国が主張する独占的領海を「中国の赤い舌」「暴虐の舌」と呼んでいる。しかし、中国には石油採掘以外にも他の狙いがある。この海域はインド洋への近道であり、中東から原油を運搬してくる際の重要な航路がある。石油の通り道を押さえてしまえば戦略的に日本を封じ込める事が出来る。また、潜水艦を配備し、アメリカの洋上艦隊の行動を制限できるのである。日米に対抗するために南シナ海は中国にとって重要な戦略拠点でもあるのだ。
 現在、中国が海域制圧のため具体的にどんな手段を取っているか。まず、南シナ海域の中国人漁師に対し、祖国の防衛に協力するという名目で金銭を渡し、海上民兵として抱え込み、軍事訓練を受けた後に外洋で他国の船を監視し、動静を逐一報告させている。その数なんと200万人である。
 以前から中国による海の支配の強化は強引に進められてきた。1974年、南ベトナムからアメリカ軍が撤退した直後、西沙諸島を占有。1995年、フィリピンからアメリカ軍が撤退した直後、台風でフィリピンの監視が手薄になった隙に南沙諸島の一部に小屋を勝手に建てて領有権の既得だと主張し始めた。そして現在、中国による領海侵犯を鑑みて米軍が22年ぶりにフィリピンに駐留する条約が定められた。 経済成長によって国力を蓄えた中国は、領土問題についてもあくまで強気な態度を崩さない。しかし、小国・弱国であるはずのベトナムは中国の力による傲慢なやり方に強く反発した。中国の人口13億人に対し、ベトナムは9千万人。おとなしく従うはずのベトナムが死者まで出すほどの強い抵抗に及んだのは、中国にとっては大きな誤算だった。その結果、急ぎで在ベトナムの中国人を避難帰国させたのもその為である。
 なぜ、ベトナムが中国に対してひるまず強気で抵抗できるのか。戦争に発展したら全く勝ち目がないはずだ。ところが、ベトナムには中国と互角に戦えるだけの勝算がある。まず、過去にベトナムは中国との戦争で大勝利している。1979年の中越戦争である。当時のカンボジア・ポルポト政権と真向から対立していたベトナムに「懲罰を与える」と攻め込んできた50万人の中国軍に対してベトナム軍は10万人以下。中国のお家芸である人海戦術でベトナムを簡単に蹂躙できるはずだったのが、逆に大敗北を喫する。この時、直前のベトナム戦争で米軍と戦ってきた経験豊富で豪勇に秀でた精鋭が中国の大軍と対峙した。さらに、撤退した米軍の置き土産ともいえる多数の近代的兵器は、中国の旧式兵器とは雲泥の差があった。結果は中国軍の大惨敗。かろうじて生き残った中国兵は陸路を命からがら逃げ帰った。これを中国政府は悔し紛れに「懲罰の目的を達成!」と宣言し、世界から失笑された。吉本新喜劇で、弱い男がチンピラに喧嘩を吹っ掛けてボコボコにやられながら「今日はこのへんで勘弁してやる」と笑いを取る有名なギャグと同じである。
 世界最強の米軍に勝利した唯一の国であり、現在も東南アジアで最強を誇るベトナム軍には、アメリカにも中国にも戦争で勝った技と誇りが生き続けている。西沙諸島を奪われて40年、近隣海域も我が物顔で占有しようとする行為に、中国に勝った歴史を持つベトナムで反中感情が高まるのは当然の事なのだ。しかし、中国とベトナムの間で全面戦争に発展する可能性は殆ど無い。国際社会の厳しい目よりも、怒ったベトナムは厄介だと認識するのに加えて、同じ社会主義国であり、小競り合いだけに留めておこうという中国の意図が明らかに見えるのだ。それを察したベトナム政府は黙認していた反中デモを突如、規制したのである。南沙・西沙いずれにしても中国は長期戦の構えに入っていると考えたほうがよいだろう。   (由旬)