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戦場のダンサー・真理子のお店

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激戦下のベトナムを巡業 タイに行き着いたその半生

 本紙のコラムで人気の高い『愛の泥んこ道』で相談役として執筆されている真理子さんの「小料理屋まりこ」がトンローからエカマイに移転されました。引越し作業等でバタバタと忙しかったため、お店を再開するのに時間がかかりましたが、今年の9月後半に無事にオープン。新しい店内は広々として居心地も良く、常連のお客さんにも好評です。以前と同様、真理子さんひとりで切り盛りし、来店するお客さんと談笑をされています。連載コラムの辛口で手厳しいコメントが印象的ですが、本当は大変穏やかな女性です。しかし、真理子さんの波乱に富んだこれまでの人生の話を伺うと、あの手厳しいコメントにも納得出来ます。
 日本統治下の台湾で、実業家の長女として生まれた真理子さんは、日本軍の後方基地であった台湾での慰問パーティーで歌う幼いアイドルとして兵士たちの人気者でした。しかし、敗戦によって戦争難民となり、一家は日本へ引き揚げましたが財産の全てを失い、働く気力も失っていた父親に代わり、一家の大黒柱となったのが中学生の真理子さん。数々ののど自慢大会で優勝を重ね、その賞金で家計を支えていました。
 高校卒業後に上京し、歯科医院へ就職しましたが、幼い頃からの夢であったバレエへの情熱は捨て難く、あるバレエ研究所に住み込みで弟子入りすると、みるみるその才能を伸ばしていき、2年後には有楽町の日劇に入団。たちまちトップダンサーの仲間入りとなって、日劇の看板スターの地位を動かぬものにしました。数年後、ある実業家と結婚し家庭を築きましたが、ダンサー稼業と主婦業を両立させることは難しく、苦渋の思いで日劇の舞台を去ることとなります。亡くなった父親が経営していた新聞社を継ぎ、社長業に奔走しますが、多忙の毎日で夫とは気持ちがすれ違い、やがて離婚。経営が厳しくなった会社を支える為、昼は社長業、夜はフロアで踊り、さらには東南アジアへ出稼ぎ巡業と多忙を極める毎日でした。また、異色のダンサーとして注目され、マスコミにも度々取り上げられました。
 1966年、ベトナム戦争真っ只中のサイゴン。解放戦線の気配をすぐ身近に感じる場所に真理子さんはいました。米軍キャンプで踊り、一方ではサイゴンの日本人ジャーナリストの溜まり場となっていたアパートで、戦場の最前線へと出ていく彼らの為に食事を作り、よき話し相手となる真理子さんは彼らのマドンナ的存在でありました。『彼らが人生最後に見る女性は自分なのかもしれない』という思いが当時の真理子さんを支えていたそうです。戦火の激化により、日本大使館から退去命令が出され、一旦日本に帰った真理子さんの元には、親しかったジャーナリストたちの悲報が相次ぎましたが、悲しむ暇もなく戦乱のベトナムに再び戻り、1968年のテト攻勢を舞台化粧のまま迎えました。サイゴンが陥落した日まで、明日の命も知れぬ男たちの前で真理子さんは踊り続けたのです。このベトナムでの体験は後に上演される、元宝塚スター鳳蘭主演のミュージカル「ソング・オブ・サイゴン」や数々の書籍に描かれています。
 サイゴン陥落後、香港を拠点に東南アジア興業を続け、1981年に拠点をバンコクに移し、更に興業を続けていきます。その後、知人に頼まれてタニヤにあるカラオケクラブのママを務めますが、店のオーナーが日本へ帰国し閉店。せっかく懇意にしてくれたお客様の為にもお店を続けたいと、スク
ムビット・ソイ24に最初のお店「まりこ」をオープン。18年営
業された後、ソイ31にお店を一時移され、トンローへ移転。7年程営業されて、現在のエカマイに移転しました。
 日本のTV局からの取材も時々あり、今年も真理子さんの特集がTVで放映されました。 人生の大ベテラン、真理子さんのお店へ是非、足を運んでみてください。※新店舗の場所は本紙P19『愛の泥んこ道』をご参照下さい。
 

(編集部スタッフ)