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アメリカ大使襲撃事件の裏側

103-634

過去に日本大使を襲撃 テロ行為は「一種のパフォーマンス」

 3月5日朝、韓国のソウルで開かれた南北統一を協議する会に出席した米国のリッパート駐韓国大使(以下、大使)が暴漢に襲われ、重傷を負った。事件直前、シャーマン米国務次官がパク大統領の反日政策を批判したことで、韓国内では反米感情が爆発寸前だった。
 大使は刃物で歯が見えるほど顔を切られ、80針も縫う重傷。左腕は刃先が貫通していた。取り押さえられた犯人は、5年前に日本大使にコンクリート塊を投げつけて現行犯逮捕、執行猶予中の金基宗(キム・ギジョン)である。今回の取り調べで「5年前に日本大使に投げ付けたコンクリートの破片が当たらず、今度は攻撃を成功させるつもりで会合に出席し、米国の奴を切ってやった」などと話していた。
 日韓関係などへの米国の対応に反発し、犯行に及んだとみられる。凶器のナイフは先端が反り返っている殺人用で、韓国や中国で広く出回っている物だが、マスコミは「果物ナイフ」と表現している。それより大きな問題なのは、反米機運が盛り上がっていた中での警備体制である。 事件当日、会場周辺では警官や機動隊員ら約30人が警備に当たっていたが、会場内はどうだったか。金基宗は親北朝鮮活動家で、駐韓日本大使にコンクリート片を投げて逮捕された危険人物である。韓国情報当局も監視下に置いていたのに、ナイフを持って簡単に会場に入った。公式な会合で、席順も決まっておらず顔見知であろうがなかろうが、部外者が勝手に大使の近くの席に座ることはあり得ない。なぜそうなったか。犯人の会場入りを放置し、意図的に大使の側に置いた者の存在だ。ここに大きな「事件の闇」がある。
 大使は自分で傷口を押えながら歩かされ、「助けて」「病院へ連れてって」「止血して」と弱々しく頼んでいるのに、止血してもらえず、担架や車椅子すら持ってこない。一方、金基宗は犯行後も救急車と車いすで手厚く保護されている。かつて伊藤博文を暗殺した安重根と同様、韓国ではテロリストが「英雄」なのだ。
 警備の不手際を指摘された韓国警察は「米国側からの警備要請がなかったから」と嘯くが、『接受国は外交官の身体、自由又は尊厳に対するいかなる侵害をも防止するため全ての適当な措置を執らなければならない』と定められる国際法(ウィーン条約)すら知らないのである。この点で、韓国は大使の保護義務に違反した「加害者」となるのだ。 では、なぜ大使は襲われたか。
 事件の一連の流れから、韓国政府による偽装作戦だと解る。近年まで日本の民主党政権の後ろ盾で勢いづいていた韓国は、2012年に行われたG20ソウルサミットで高らかに南北統一すると宣言してしまった。しかし、今年の在韓米軍撤退というシナリオは予想していなかった。現在の韓国と北朝鮮の軍事力の差は2対11であり、米軍が撤退したら安全保障でも韓国は完全に孤立してしまい、外資は逃げ経済も破綻し、北朝鮮主導で統一となってしまう。かつて朝鮮戦争で停戦協定を結んだのは「国連軍・北鮮・中国・ロシア」であり、韓国と米国の関係は同盟国ではなく、駐留・国連軍にすぎない。つまり、現在も北鮮・中国・ロシアと戦闘状態であり、停戦協定を結んでいない韓国を攻撃しても構わないのだ。韓国の首都ソウルは北鮮の国境付近の前線基地の間近にある。普通なら戦略的にも敵国の近くに首都を置くわけが無い。なぜ首都を移動させなかったか。韓国の利用価値は「ただの前線基地」だからである。米国の国防予算削減に伴い、韓国が日本を敵視している事もあり、在韓米軍撤退が決定されたのだ。
 韓国の民族性事大主義の裏切り行為による必然だが、南北統一路線は変わらない。 親中路線になろうが親米路線だろうが、どっちに転んでも地獄である。米軍の撤退は変わらない為に、南北統一の朝食会に出席している米大使を殺害し、全て北鮮の仕業に見せかける事で米軍が撤退しないようにと、一石二鳥の起死回生の偽装作戦を韓国政府主導で行ったのである。結果はパク大統領の支持率UPのみ。韓国の姑息な裏工作は日本も米国も世界中が見抜いてるのだ。
 
 韓国には謝る文化がないからか、パク大統領からは謝罪の言葉すらない。韓国の国会議員20人から活動資金を受けていた金基宗は、最近の供述で「象徴的な意味でリッパート大使を切りつけたのであり、一種のパフォーマンスだった」と公言した。何か異様な世界が、狂気に染まった世界が日本のほんの隣にある。(由旬)

(由旬)