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文化財に対する認識の違い

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新旧の技が融合する日本 観光資源と文化財の相違点

 今、京都駅前の東本願寺阿弥陀堂と御影堂門では約4年間をかけての大改修が行われています。以前には、木造建築物の面積では世界最大となる御影堂の改修が98億円の巨費を投じて5年間行われました。奈良では、国宝・唐招提寺金堂が約10年間をかけて改修され、兵庫では国宝・世界文化遺産の姫路城が28億円をかけて改修が完工しました。
 これら歴史的建造物の修復では、最新の建築技術と伝統的な宮大工の技との連携・融合が図られています。建物の事前の構造調査ではスキャン走査技術によって、建築物の詳細な構造や荷重、補強すべき部位などが解析されます。その後、建物は分解され、部材の補修後に再構築されるわけですが、この際に必ずしも以前と同じ材料・工法が用いられるとは限りません。より丈夫で長持ちする建物にするために、現代の先進的な工法・材料が積極的に取り入れられ、建物の荷重を支える構造体には金属やコンクリートが使われます。それでいながら外観を従来通り寸分たがわず再現する時の、木材を意のままに加工して組み上げる宮大工の技は、世界最高の技術といえるでしょう。
 タイには3つの世界文化遺産と2つの世界自然遺産があります。そのうちのひとつ、古都アユタヤには、王宮を中心に数多くの寺院が築かれ繁栄しましたが、隣国ビルマの侵攻で壊滅的打撃を受けて滅亡しました。その後、多くの遺跡は破壊されたまま、廃墟として長い時を過ごしてきました。近年になって、アユタヤがユネスコの世界文化遺産に登録された1991年前後から、遺跡のあちこちでタイ芸術局による改修工事が行われ始めました。
 アユタヤの寺院などの建物はレンガ造りが一般的で、改修工事は塔や堂宇に作業員が登って、新しいレンガをペタペタとセメントで積み上げていくというものです。作業を見ていると、特に設計図らしきものを参考にしているようには見えません。普通の左官屋さんがいつもの仕事通りにレンガを積んでいるようにしか見えないのです。もしかしたら芸術局の専門官が指導しているか、あるいは歴史的建造物について熟知した職人さんなのかもしれません。しかし、見た目はごく普通の左官屋さんで、とにかくレンガををひとり黙々と積み上げていくのです。少しして再び訪れてみると、荒れ放題だった廃寺が、こぎれいな歴史公園に変身していました。驚くほどの速さです。その他の重要な寺院も同様に、小ざっぱりと整備されました。それらも日本では考えられないスピードです。
 復元された寺院群の精度が如何ほどのものなのか知る由もありませんが、芸術局に「歴史的考証を踏まえた改修」といわれてしまえば、「はあ、そうですか。」としか言えません。しかし、かたや日本では10年かけての周到な大改修工事、もう一方は数か月でのペッタンペッタン…。文化財に対するこうした考え方、対処の仕方の違いは、なぜ生じるのでしょう。
 タイにとって、文化財は重要な観光資源です。多くの観光客が訪れて、お金を使ってもらうことが大切な役目です。文化財を国文化の宝と捉える日本とは認識が違います。日本でも明治維新時に破壊された城を再建する動きが各地で見られますが、そうして再建した城郭はあくまで観光資源であって、厳密には文化財ではありません。
 タイでは文化財にお金や人材、時間を多くは割けないというのが正直なところでしょうが、国の文化・歴史を積み上げてきた遺跡や史跡の保存をタイの人たちはどう考えるのでしょうか。20数年前には、タイの文化財・博物館行政に携わる公務員の中から気鋭の若手を日本の博物館や関係企業・団体へ研修に出す制度があり、日本で学んだ人たちが新しいノウハウを少なからずタイへ持ち帰って、業界の進歩を促しましたが、このところ研修の話も聞こえてきません。
 アユタヤのシンボルにもなっているマハータート寺院の樹木に取り込まれた仏頭は、年を経るごとに樹木の中へと引き込まれていっています。タイの人々は今後、この仏頭をどうするつもりなのでしょうか。(読者寄稿)