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80年代!花開く日本のゲーム文化史

リオ五輪閉会式のスーパーマリオ!任天堂空前の大ヒット!

 リオ五輪の閉会式で、次回の開催国となる日本を紹介するセレモニーに安倍首相が「スーパーマリオ」のマリオ姿で登場したサプライズ演出に会場全体が沸き、世界各国からも称賛を受けた。ヒゲなども付けた3パターンの扮装を用意してあったが、折しも台風の被害に遭っている日本各地に配慮して、ヒゲ無しのシンプルなマリオに落ち着いたそうである。ゲームやアニメが日本を代表する文化であり、世界の人たちに解りやすくアピールするという目的があったらしいが、一国の首相が日本人らしい粋な浴衣姿ならまだしも、ゲームキャラクターに扮して国際大会の場に現れるとは、恥ずかしい限りなのだが、現代社会ではこういった稚拙な行状が称賛を得たりするのである。確かに、日本のゲームやアニメはそれ自体が「文化」となっており、世界を席捲するだけのクオリティを有し、雑多なアメリカン・コミックとは格段に次元が異なる。誇りたい安倍首相の気持ちも解るのだが、どれだけ有名でも「マリオ」はないだろう。外国から『日本人は馬鹿になった』と言われる理由はここにもあるのかもしれない。

 日本の「ゲーム文化」が花開いたのは、80年代に遡る。任天堂が新しく家庭用ゲーム機を発売した1983(昭和58)年、開発を担当した立命館大学の上村氏は「300万台売れれば」と思ったという。当時の任天堂社長だった山内氏は「500万台まで行くかも」と見積もっていた。ところが、新製品は後に世界中で何と6000万台を売り上げ、ゲームソフトの延べ販売本数は5億本を超える。単一商品として、今のスマホブームとは全く比較にもならない超メガヒットとなった。これぞ社会現象である。

 その新製品が、80年代以降のゲーム文化の礎となる「ファミリーコンピューター(通称ファミコン)だった。熟年層の方なら記憶に残っているだろうが、70年代にブームになっていたのが「アーケードゲーム」だった。ゲームセンターや喫茶店に置かれて、「ブロック崩し」や「スペースインベーダー」の面白さに夢中になった。この時、米国では既に本体にカセット式のゲームを入れて遊ぶ家庭用ゲーム機が登場していたが、低品質のゲームソフト(つまりクソゲー)が大量に出回ったため、急激に勢いを失っていた。ハードは優れていたが、ゲームソフトの開発力が伴っていなかったのである。私も「アタリ2600」を買ったものの、興味が失せるのも早かった。

 任天堂がファミコンの開発を始めたのがちょうどこの頃だった。すでに大ヒットしていた携帯ゲーム機「ゲームウォッチ」に続く商品として企画したファミコンだったが、米国のゲーム機の失敗から全く期待されていなかった。「トランプメーカーが何をやっているんだ」と、企業評価も下がった。元々、任天堂は花札や日本初のプラスチックトランプを製造していただけに風当たりが強かったのも無理はない。

 しかし、米国のアタリ社の轍を踏まなかった任天堂の恐るべき企業力が発揮される。

 業務用機で人気だった「ドンキーコング」はじめ3本のソフトと同時発売されたファミコンは、希望小売価格14800円。当時としては決してお求め易い値段ではない。しかし、「スーパーマリオブラザーズ」や「ドラクエ」の発売で一気に火がつき、ご家庭に一台の常備品という空前の大ヒットとなったのである。

 33年経った今でも、十分に遊べる「スーパーマリオ」は任天堂の技術の結晶であり、日本人が持つ想像力と表現力、そして開発力の賜物なのだ。だから安倍首相はマリオで日本をアピールしたと云えなくもないが、どうだろう。本業に秀でる人は副業や趣味にも冴えを見せる。日本のモノ作りの現場を見てもよく解る。しかし、ゲームやアニメが世界で称賛されても、どれだけ凄いクオリティであっても、それは日本の「副業」であり「趣味」ではないのか。決してひけらかす類のものではなく、「こんなこともできるよ」と、軽く流すのが良い。IT産業を牽引してきたファミコン世代は謙虚なのだ。