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日本語の崩壊!難しいすぎて読めれません!

「ら」ぬき言葉は日本語への冒涜!見れる食べれる来れる!

 「ら抜き言葉」と呼ばれる「見れる」「食べれる」「出れる」を使う人の割合が「見られる」「食べられる」「出られる」を上回ったことが、文化庁の「国語に関する世論調査」で分かった。20年前に調査が開始以来、逆転するのは初めてで、本来は誤った日本語の使い方とされていた言葉が広く浸透してしまったのである。先頃も、朝日新聞が見出しに「ら抜き言葉」を使用したことで賛否を問う議論が沸騰したばかりである。日本を貶めることを社是とする朝日新聞だから全く気にしないという人もいれば、許しがたいという意見もあった。言語は国文化である。時代の流れで語彙に多少の変化はあっても、用法は毅然として変えてはならない。そうでなければ、同じ民族で言葉が通じなくなってしまうからである。そこが今の日本はおざなりになっている。

 この数年、『ら抜き言葉』は放任されている。例えば、TVを観ているとキャスターさえも『ら抜き言葉』を使っている。音声はそのまま流れ、テロップでは正しく「ら」を補足。誤用法だと気づいている者がいて字幕で修正しているのに、話し手は意にも解さない。そこが大きな問題でもある。

 小学校で正しい日本語を学んだはずなのに、どうしてこうなってしまうのか。言語とは毎日の積み重ねで身に付くものだが、日常生活で間違ったデータ(ら抜き言葉)が入力されると今まで習った記憶が上書きされてしまう。ちょっと賢そうな青年と話していた時、以前に彼から来たメールで「入れれない」と書いてあったことを突っ込んだら、『僕は「入れれる」「考えれる」などを、普段から当然使っています。話すときも、文章を書くときにもです。誤解されずに通じるという確信を持てる可能表現だからです』と大層な反論をしてきた。誤解されずに通じるという確信を持つのならば「入れることができる」「考えることができる」を使えば良いのだが、このように知識と自覚をもって「ら抜き言葉」を使う人に、とやかく言う気はない。時間の無駄だからである。ただ、「考えれる」の例が出てくるということは何も考えていないのだろう。

 【ら抜き言葉OK派の意見】
①尊敬・可能の判別が容易
②言葉は常に変化するものであり、受け入れるべき。
③方言だから非難されるべきではない。
こんな人たちに、可能動詞や五段連用形について教える気もないので要点だけをいう。

①判別ができないほど頭が悪いのか。容易=簡単便利にしがみつくスマホ馬鹿の言い草②変化と乱れは別なもの。言語ルールから逸脱した言葉は、変化ではなく乱れである。
③ら抜き言葉は名古屋弁でも方言でもない。出身地の話し言葉(方言)で報告書やビジネスメールを書いたりしないだろう。論点が全くズレている。

 OK派の彼らは「忘れられない」を使いつつ、「見れない」「出れない」を使う、醜いダブルスタンダードの上に立っていることを自覚してほしい。
正しい日本語を使える方が品があるように見えるし、正式な場面で恥をかかないで済む。しかし、品性を欠いた「ら抜き言葉」が定着してしまった今、書き言葉だけはしっかりしようではないか。たとえネットの書き込みでも、「来れれる」とやったら 日本語を大切にしない無教養な人間だと思われる。匿名であっても、それ位の自覚は持とう。 書き言葉は修正がきくのにそれをしないというのは、「ら抜き言葉」が正しい日本語でないということを知らないか、横着かのどちらかに過ぎないのである。「言葉は変わるものだから」と、偉そうに言って、「考えれる」と書くことがOKという開き直りは通用しない。

 大人になるというのは、フォーマルな言葉遣いもきちんとできるようになること。「ら抜き」で通そうとするのは、一流レストランに短パンで入ろうとする行いに等しいのだ。