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孤高のレジェンド三浦知良

カズ50歳ゴール!国旗・国歌に敬意を表す意味

 今から24年を遡るJリーグ開幕の年、鹿島アントラーズにはジーコが現役のFWで活躍し、キラ星のごとくスター選手を集めた横浜マリノスとヴェルディ川崎はいずれも名門としてとびぬけていた。ちなみに今では信じられないかもしれないが、浦和レッズやガンバ大阪は対戦相手にとって「負ける気がしない」ほどの弱小チームで白星稼ぎの対象でもあった。強豪チームのなかでひときわ異彩を放った存在が、ヴェルディのFW三浦和良=カズである。私は当時、地元静岡の清水エスパルスの関係者だったこともあり、全ゲームを観戦したが、ヴェルディ戦は別格であり、チケットに2万円以上の値がついていたという。

 完膚なきまでにヴェルディに叩きのめされるエスパルス。ゴールすると奇妙な踊りで余裕を表わすカズに侮辱されたような気もした。しかし、ヴェルディは真に常勝軍団でもあったのだ。

 あれから長い月日が流れ、スター選手たちは年齢を重ね、ピッチから去って行った。数あるスポーツ種目の中でも特にサッカーは消耗が激しいため、選手寿命が短い。20代で現役引退する選手もいるくらいである。私自身も社会人サッカーをやっていたため、今でも体力は申し分ないが、10分と激しく走れない。常に動かなければならないサッカーは、休む時間がある野球などとは体の消耗度が決定的に違うのである。ゆえに、サッカー選手は長くはプレイできない。従ってチーム内の選手交代のサイクルが非常に短いのである。日本代表の顔ぶれをみれば解る。

 今年の3月、サッカーの常識を覆す、驚くニュースがあった。
かつてヴェルディでデビューし、日本代表となり、日本人初のセリエA選手を経て、Jリーグのチームを転々としていた三浦和良=カズが、J2横浜FCの現役FWとして今季開幕戦に出場し、Jリーグ最年長記録を更新した。次のザスパクサツ群馬戦では得点を挙げ、Jリーグ初の50歳代選手のゴールとなったのである。カズは「僕は客寄せパンダでいい。サッカーができるならどこのチームでも行く」と言っていた。10代でブラジルに渡り、屈辱を味わいながらも成長し、帰国しJリーグのスタートとともに、日本サッカーの顔として誰もが知るトッププレーヤーへと駆け上っていった。「ドーハの悲劇」も味わったが、日本代表のエースとして君臨し続けた。しかし、98W杯フランス大会の直前に日本代表から外されてしまう。予選で韓国選手から受けた汚い反則による怪我が原因だ。日本中に衝撃が走り、誰もが失望した。W杯出場を目標にブラジルから帰国して走り続けてきたカズの失意は如何ばかりだったか。昔は、派手なパフォーマンスと、私の地元・静岡出身なのになぜ他県のクラブへ?という偏狭な理由で正直あまり好きではなかったが、ある出来事でカズに対する認識が変わった。

 国際試合の際、ある記者が国歌斉唱の時に1人だけ胸に手を当て歌うカズに、『韓国では日の丸や君が代には過去の軍国主義の象徴という意味もあるのを御存じですか?』と、愚にもつかない質問をした。するとカズは「自分の国の国旗や国歌に敬意を表さない人が他国に対して敬意を表する事ができますか」と答えたのだった。今でこそ、かの国の正体に多くの日本人が気づき始めたが、カズは当時の日本人がずっと怯えて苛まれていたことに独りで闘っていたのである。
その頃、「君が代の斉唱はダサい」と軽んじてたナカタ選手は、自分探しとやらで金満旅行してまるで根なし草のように方々彷徨って消えていったではないか。人間としての品格や重みは、こういうところにあるし、野球のイチロー選手やフィギュアの羽生選手など、ワールドクラスの人ほど、日本を愛し他国を愛する立派な人が多いのである。

 カズは「在日」だという噂があるが、そんな事はどうでもよい。グローバリズムを真に理解し、かつての同僚ラモスのように日本が大好きになって、国旗に惜しみなく敬意を払うのが本来の帰化なのだ。また、批判されても信念を曲げずに清く正しく生きようとするカズのような人が一番素晴らしいと思うのである。