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人身売買で崩壊するネパール

癒えぬ大震災の傷跡!子供は物乞い、女性は風俗に!

  ヒマラヤの絶景を望む古都の街並み。穏やかな人々と、旅行者を魅了する数々の料理。日本人にはまだ馴染みの薄い国だが、タイからも比較的簡単に渡ることができる、南アジアの小国「ネパール連邦民主共和国」。王政を廃止し、共和制国家となって10年が経つ。カトマンズに首都をおき、総人口は約3000万、バングラデシュと並ぶアジアの最貧国だが、国全体から立ち昇る「望郷」が旅行者を魅了する。

  街を歩くと、家族でもない大人同士が手を繋いでいるのをよく見かける。ネパール人が手を繋ぐことは親愛の情を表す意味があり、男女問わず普通に行われている。そんなネパールに異変が起きている。

  2015年4月に起きた、マグニチュード8の「ネパール大地震」は多くの死者と、住宅など約90万棟の建物が崩壊。インフラも破壊され、ネパールは壊滅的な打撃を受けた。

  対応策と災害復興に絶望感しか見いだせなかった当時のオリ首相は「辞表を提出した」の一言だけ残して去って行った。王制から共和制に移行して日が浅いこともあって、政党間の対立が続き、新しい憲法が制定できず政治的な混乱が続いていた。そのさなかに起きた大地震に政府は対応しきれず、大災害に対するノウハウもなかった。ネパール政府は完全に「お手上げ」である。 復興は遅々として進まず、「水源が土砂崩れで埋まったまま水不足で作物が育たない」、「ずっとトタン家の暮らしで子供を学校へ行かせることもできない」など、先の見えない暮らしを強いられている。

  「何年も経つのに何もしてくれません。私たち国民が死んでも構わないのでしょう。もう期待しません!」-こんな言葉が出てくる状況では何が起きるか。私たち日本人には思いもよらない、ダークな現実が現れる。人身売買による社会崩壊だ。男性も女性も大人も子供も静かに売られては搾取される。世界最貧国の1つであるネパールでは、より良い生活を夢見て都会や外国に向かう人が後を絶たない。貧しく、教育もなく、生きることに必死である故に、容易に人身売買の餌食になってしまう。首都カトマンズや隣国のインドに向かい、行き着く先は女性は「娯楽産業」、男性は「強制労働」である。貧しい家の子供は言葉巧みに連れ出され、偽の児童養護施設に売り飛ばされて街で「物乞い」を強要される。家族を養うため、湾岸諸国の建設現場など外国に職を求める人は賃金不払いや劣悪な労働環境など、現代の奴隷さながらの境遇に耐える。現場で搾取され、現場で死んでも使い捨てにされる。カトマンズの空港には毎日、3~5人が遺体となって「帰国」するのだ。ネパールが大地震に見舞われて以来、混乱と困窮に乗じて人身売買は急増しているが、社会がその事実に口を閉ざす中、状況が改善する兆しは全くないのである。

  「物乞い」は最も多い中国のみならず、途上国では珍しいものではない。障害者は実入りがいいので、目をつぶされた子供もいた。バンコクで物乞いをしている子供たちは、わざとポリオに感染させて障害者にして物乞いさせられていたという事件もあった。

  ネパールの女の子が売られた場合は、殆どが売春絡みである。インドの売春地帯はどこでもネパールから連れてこられた少女・女性が多くを占める。この背後にある黒組織が取り上げた金は彼らの遊興費に消えて行き、女性や子供たちの生活が改善することはない。拝金主義が極まった社会では信義も道徳も何もない。

  人身売買業者の国際的ネットワークが拡大する今日。災害に遭った国の貧しい人々や、難民となって流浪する人々(昨年本紙で取り上げ、今やっと問題視されるロヒンギャ)が人身売買の標的とされている。私たちには何もできないかもしれないが、全人類が「地球」という、ひとつ屋根に住んでいる以上、心配するべきことである。綺麗ごとではない。