写真で見るタイの歴史

Vol,105 水禍

Vol,104 赤雄牛

Vol,103 首都之駅

Vol,102 美国人接待

Vol,101 絹紡糸

Vol,100 怪奇漫画

Vol,99 勧善懲悪

Vol,98 百事可楽(ペプシコーラ)

Vol,97 治安戦車

Vol,96 国王の愛

Vol,95 駕 篭

Vol,94 タニヤビル

Vol,93 日野自動車

Vol,92 古 銭

Vol,91 リキシャ

Vol,90 現代女子

Vol,89 白象

Vol,88 獅子印練歯磨

Vol,87 泰式生活雑貨

Vol,86 山葉発動機

Vol,85 調髪

Vol,84 一攫千金

Vol,83 仏国砲艦

Vol,82 虎退治

Vol,81 大河の渡し

Vol,80 御清浄祭

Vol,79 家畜象

Vol,78 泰緬鉄道/現地人労働者

Vol,77 蘇昆維路/素坤逸路

Vol,76 金鳥の夏

Vol,75 水門の船着場

Vol,74 バンコクの歩き方-1953年

Vol,73 新年肝試し

Vol,72 交通渋滞

Vol,71 大學

Vol,70 美顔粉

Vol,69 戦 象

Vol,68 溢水路線バス

Vol,67 僧侶と従者

Vol,66 牧童小路

Vol,65 芭堤雅

Vol,64 幼画家

Vol,63 ロックバンド

Vol,62 華人の萬屋

Vol,61 Mr,ポストマン

Vol,60 タイ古式マッサージ

Vol,59 ミス・タイランド

Vol,58 マタンゴ

Vol,57 ナナ交番

Vol,56 花の子供たち

Vol,55 国王とキング・オブ・R & R

Vol,54 タイ王国の翼

Vol,53 バンコクプリズン

Vol,52 首都の駅

Vol,51 力車

Vol,50 マヒドン王子

Vol,49 慰霊之塔

Vol,48 華僑の街

Vol,47 母君

Vol,46 ラマ1世橋 1932年

Vol,45 楽趣

Vol,44 大振子

Vol,43 盤谷大洪水

Vol,42 チャオプラヤ濤々

Vol,41 盤谷駅水没-Ⅱ

Vol,40 盤谷の空

Vol,39 遠望

Vol,38 大ブランコとインドラ寺院

Vol,37 盤谷駅水没

Vol,36 仮装王子

Vol,35 午睡・貴婦人

Vol,34 UMA捕獲

Vol,33 御溝・盤谷宮城

Vol,32 水上炉簿

Vol,31 世捨て人

Vol,30 御溝・盤谷宮殿

Vol,29 タイ最古の写真

Vol,28 行幸・ラマⅥ世

Vol,27 王室の仮装会

Vol,26 大通り

Vol,25 野辺僧

Vol,24 番木瓜沙拉・木鉢

Vol,23 曳き屋台

Vol,22 水禍・祈り

Vol,21 路傍の商い

Vol,20 水禍のバンコク

Vol,19 ルンピニ水没

Vol,18 黄金の丘

Vol,17 誰でも作れる簡単ケーキ

Vol,16 寺子屋

Vol,15 豚肉輸送

Vol,14 ハイソの食卓

Vol,13 中華街興隆

Vol,12 路面電車

Vol,11 大山商会

Vol,10 洗髪剤

Vol,09 タイシルクの起源

Vol,08 シーロムの黎明

Vol,07 曼谷のイケメン

Vol,06 縮まないジーンズ

Vol,05 アナンタサマーコム宮殿

Vol,04 プラトゥナム船着場

Vol,03 水禍の戦勝記念塔 69年前

Vol,02 レッドブル

Vol,01 ファランポーン駅

Vol,42 チャオプラヤ濤々

his42

 今から105年前(1907年)のタイは前々年の日露戦争で日本が勝利したことにより「アジア人が白人に対抗できる」と自信を持ち、日本びいきの風潮が高まった。バンコクを濤々と流れるチャオプラヤの両岸には水上家屋が立ち並び、朝に夕にワット・アルンを拝する穏やかな日々。当時のバンコクの人口は60万人ほどであり、その半数が中国人だったといわれる。インド人による繊維・衣服産業が興ったのもこの時代で、様々な文化が交流する多民族社会が、今日あるバンコクの形成の基となった。
 日本人の移住もこの頃から盛んになり、記録に残っている在タイ邦人の数は180人。雑貨商や写真店などが続々と開業し、日本人経営のバービヤも4軒あったと伝えられる。当時の新聞によれば「その酒場には二十名からの醜業婦が従事し…」と記述されており、現在のプラトゥナーム辺りに風俗店が集まっていたようだ。
 今でも残る海軍寄宿舎の正面に停泊中の艦船はその構造からフランスの軍艦と思われるが、河を無許可で溯り、タイ陸軍と交戦になった船なのかもしれない。そのショックで国王は床に伏せり、一時的とはいえ外国に所轄領を与えた苦い歴史があることをほとんどのタイ人は知らない。