Vol,10

 風薫る五月。この時期になると、西表島やモンゴルの大草原が懐かしくなります。
 西表島の大きな河を一人乗りのカヌーで登って行く、すると真下の水中を得体の知れない巨大な長い影がす~っと横切っていきます。怖い。木立に透けて見える陽射しは甘い憂鬱、そして河を流れる蒼い雲は私の最後の世界なんだなぁ、と自己満足しました。
 その河を上りつめた先にある小高い丘は、月が無いときには流れ星をみるに丁度良く、一人のテントの回りには夜ともなると得体の知れない動物達の唸り声や呟きで、自然は良いものです。
 ところ変わり、モンゴルの大草原は私の第二の故郷です。360度、周りが草だけの世界。遊牧民の家族の近くに建ててもらったゲルでの生活。昼は馬に乗って草原を走り、夕方は馬乳酒を飲んで馬頭琴を弾き、夜になって満天の星空に雲がかかっていると思ったら天の川でした。どこからともなく聞こえる『ドンドン…』という音。周囲には音を発するものは無いはずなのに何だろう?と思って耳を澄ますと、自分の心臓の鼓動でした。モンゴルの夜の大草原で「音のない世界」をこの時初めて知ったのです。
 世界中の野生動物や虫で本当に危険なのは昼だけで夜は現れないから、秘境に行った時や山・海にいる時の昼間は特に慎重になることが必要です。でも、人間は昼夜問わずで色んなタイプがいて危険なのも昼夜問わずなのです。それを見極めるのは回りの人じゃなくて自身の心にあります。
 害を及ぼす危険ではなくて人としての道を踏み外す危険、それはなかなか気がつきにくいのかもしれません。