Vol,20

 開業したばかりの、とある西洋料理店の方から問い合わせが来ました。「予算がなくて広告は出せませんが、紹介記事を載せて頂けないでしょうか。他紙さんも何社か既に無料で掲載をして頂いており、効果があったところに広告を掲載しようかと思います」
 驚きました。世界的に自己中心で礼節を失っているのは承知ですが、同じ日本人でここまで酷いのは稀です。その不遜極まりないところに逆に興味が生じて、試しに応じてみました。既に広告を掲載するのは決まっていて、その前に他の媒体をタダで利用してやるという魂胆は承知の上です。しかし万が一、当方に広告の契約をお願いされた場合は、お断りするという前提で営業担当者がその店に赴きました。記事内容を打ち合わせしている最中に、担当者がその場で判断しかねる、上司に打診しなければならない問題が生じました。すると店主は「あなたは自分の意志では何もできないんですか。あなたの存在意義は何ですか。」と詰め寄りました。さらに担当者が文面に関して、食べた事がないものを美味しいとは書けません、という毅然とした主張に対して「私は日本で10年、出版関係の仕事をしており、長く出版業界にいると、そこのところを無視した記事を書く事が多くありましたから」という妄言まで発しました。たった10年の経験で虚偽記事を書くことを正当化しているわけです。「多くの同業店へ行って料理を食べてみたけれど全てダメ」と言いながら、その店の料理は素人並みだったのも後で解りました。「一寸の虫にも五分の魂」、小さく弱い我々にも、それなりの魂や主張があります。広告掲載を期待して取材に応じた各紙の担当者さんの胸の内は如何でしょうか。記事の効果が有ったか無いかは、どうやって判断したのでしょうか。人の気持ちを蔑にする店主の料理は決して美味しくはならないのです。御礼の電話も、メールひとつもよこさない日本人。Wさん、あなたの事です。