Vol,24

 先日の読売新聞に面白い事が書いてありました。小学館の書籍「虫捕る子だけが生き残る」から、野外の虫捕りに必要な要素のひとつに『気配を感じとること』があり、子供の時に虫を捕る事をしなくなった現代の若者は、人の気配を察知する能力が衰えているという分析です。
 確かに、道路や施設内でスマホに夢中になって通路をふさいでいる若者に、もどかしさを感じることが多い昨今です。若者だけでなく、中年や熟年にも人の気配を省みない人が増えたように感じます。例えば、バンコク日本人エリアの歩道の真ん中で大勢かたまってタバコを吸いながら大声で話しこんでいる人達に「すみません、通して下さい」と、今年はこの言葉を何回も言ったように思います。
 近代国家百年ぐらいにおきた人間の変化の失敗のひとつに、人の五感が鈍くなったという事が挙げられます。リモコンやエレベーターなど、プロセスカット商品は様々ありますが、人間が移動したり、手や足を使うものをプロセスカットしてきた結果、本来の手・足の力がなくなりました。スマホの登場は、頭に対してプロセスカットを大きく働きかける要因を持ちこみました。スマホで検索しなければ自分が今いる場所も解らない。電車に乗っても周囲の人々や流れる景色を見ないでゲームやツイッターに夢中になっている。情緒も無くなるのは道理です。しかし、これを否定するのではなく、長所欠点をちゃんと把握することが大切だと思うのです。せめて「歩きスマホ」はやめませんか。周りの気配を感じとらないのは大変に危険な事です。階段やホームに転落したり、通行の邪魔をするのは人間失格ではありませんか。少しでも世の中の役に立つように努めましょう。それが出来なければ、来世は人の役にたつ牛か馬に生まれ変わって下さい。それが、人の気配も感じとれない者の宿命です。