Vol,34

 80年代の中頃にLPレコードが無くなって、ジャケットに描かれた31㎝四方の美学が喪失してしまった。私が学生の頃は、ジャケットが良ければ中身も良し。というわけで「ジャケ買い」 が通用してハズレも無かったものだけど、そのトータル美学の法則がCDでは喪失したので衝動買いやアンテナ反応買いができなくなってしまった。それに準じてか、最近の音楽が面白くない。メロは機械的で唐突の抑揚が気味悪く、歌詞と言えば携帯メールのやり取りのような無味乾燥のものばかりで心に響いて来ない。歌い手も発声練習さえまともにやっていないような素人ばかりだ。素人ゆえに一人では気後れがするのか、やたらと人数に頼った大所帯が目立つ。レコード大賞を取ったとかいう男性大所帯のグループが歌い踊るのをを見て、うちの子は「虫みたいで気持ちが悪い」と言った。子供ならではの正直で的確な認識である。
 新譜が面白くない理由は、音楽が消費物に成り下がって、スマホと同じ様に仲間外れにされたくない、「友達」の条件という次元になってしまったからだろうか? 誰もが芸術として美しく感じて気にいったものは自分で所有したいはずなのに、CDはレンタル店で借りてコピーする、あるいは平成の黒船「ダウンロード」で簡単に自分の物になってしまう。そういった現状では確かに良い音楽は出現しにくい。
 音楽として心地よく成立する音符の組み合わせ(旋律)は無限ではなく限りがある。名曲が出揃ってしまった現在は殆どが模倣に走らざるを得ないのは仕方がないのだろうか。 ある作曲家がヒット曲の条件として、「どこかで聴いた感じの曲ならそこそこ売れますからね。」と言っていた。そこに模倣と捏造の時代が露わにする狂気がある。