Vol,38

 世の中にはこんな事があるのだと慄然とした。W杯日本代表の初戦、コートジボワールに1対0でリードし、日本人のだれもが勝利への大きな可能性を感じていた62分。コートジボワールの選手の交代が告げられた。年齢的にも1試合フルタイムでの戦いは無理ということで途中から、あるいはリードされている局面で予定されていたドログバ選手の投入である。
 ピッチに入ったその瞬間、スタジアムの空気が明らかに変わった。まさに一陣の風が吹き込んだのをTV観戦している者にも感じ取ることができた。ドログバの投入によってコートジボワール選手たちのモチベーションは一気に高まり、2分後に同点。さらに2分後には逆転し、日本代表はなす術がないまま敗れたのである。
 コートジボワール(象牙海岸)は人口2300万人、過去にはフランスの植民地だったが、現在はアフリカでも比較的、先進国の部類に入る。8割は農業に従事し、カカオの生産量が世界一である。日本語を必修科目にしている学校もあり、日本の将棋に興じる大人もいる親日国だが、近年は軍事クーデターの勃発によって入り乱れた内戦状態になり、多くの死者を出していた。これを止めるきっかけとなったのがドログバがTV中継で国民に呼びかけた「武器を置こう、そして選挙をしよう」という言葉だった。数日後に内戦は停止。これ以来、祖国を内戦から救った英雄としてドログバは国民から絶大な支持を得て、アフリカの大いなるカリスマとなったのである。
 子供たちの憧れ、そして大統領よりも力があるといわれるドログバの登場は、コートジボワールの選手にとって「神の降臨」だった。精神的支柱があって組織は強くなる。日本はまだまだ世界に及ばないことをW杯で目の当たりにした。技術だけが優れていてもサッカーは勝てない。強豪国のスペインやイタリアの敗退の理由もそこにある。