Vol,40-(No.88)

 小社でビザ取得と、コンドミニアムのお世話をさせて頂いた、Kさんという方がいる。バンコクで悠々自適のロングステイをされている。或る日、部屋の掃除に赴いたタイ人スタッフが息せき切って電話してきた。Kさんの部屋に着いたが、鍵がかかっているものの様子が変だ、という訳である。ただならぬ雰囲気である為、管理人にお願いして鍵を借り、部屋に入ってみるとベッド脇にKさんが倒れており、意識はなく、息は既にかすかである。事態は急を告げている。応援のスタッフをもう一人呼び、S病院へ緊急搬送した。救急担当医が「急いで手術の必要があるが、身内の方か誰かサインをしてもらえるか?」と訊いてきた。とりあえずKさんの所持品で手掛かりになるものは携帯電話と財布だけだった。通話記録の中から手当たり次第に電話をかけてみると、最初に通じたのはKさんのゴルフ仲間だった。「私には関係ないからねぇ…」と言って切られた。次に日本の番号が見つかった。関西に住んでいる実姉だった。事態を説明すると、「急にそんな事を言われても困ります。宗教にものめりこんでいて。昨年は元気だったのに、なぜ急にそうなったんですか。私は関係ありませんから。」身内の言葉とは思えなかった。実姉が関係ないのなら、こちらは赤の他人であり、もっと関係ないではないかと思った。「Y市にいる兄に電話して下さい。それじゃ。」と言って電話は切れた。Y市の実兄の電話番号が解った。繋がった。再び事情を説明すると今度はちゃんと聞いてくれた。緊急なので私の側でサインをして手術を受ける事を告げた。「費用はいくらかかるか解りませんが」と言った瞬間、「僕も年金暮らしなんでねぇ…」と小声で呟いた。再び別のゴルフ仲間から電話が来た。身内と連絡は着いたか、どんな話をしたか、それだけだった。本人の容態はどうなのか一言も訊かなかった。実兄と連絡が取れた事を話したら「ああ、そうですか」と切れた。自分に関わりが及ばなくて良かったという意識がありありと見えた。 何だ、この人達は……。
Kさんを絶対に死なすわけにはいかない。私はそう心に決めた。サインをして緊急手術に入った。そして数日後、Kさんに意識が戻った。