Vol,53-(No.101)

 前回で本紙が100号の発刊となった。普通なら『100号です!ありがとうございます!』と、なる所かもしれないが、仰々しく騒ぐつもりはない。もしも諸般の事情で本紙が休刊となる時も恐らくは黙ってひっそりと、気が付かぬように消えていくのだろう。騒ぎ立てるのは決して読者や相手へのためではなく、自分だけに向いた不調法な自己顕示欲からなのだ。「感動をありがとう!」みたいな。その前に、たかが100号であり、単なる通過点に過ぎないわけで、昂る心を抑えて冷静に自己スルーしたのだった。でもやはり、言いたい。
 読者の皆様、いつもご愛読頂き有難うございます!
 そんな折、ひとりのお客さんが来られた。話を聞くと、かつてバンコクで一番老舗だった日本語情報紙の関係者の方だった。今から24年前の創刊以来、長きにわたって発行し、洪水騒ぎの年に休刊となった媒体である。読み応えのある記事内容もさることながら、あと5号で500号達成であり、その目前での休刊を聞いた時、私も大変残念な思いをしたものだった。
 その方と当時の情報紙の話で大いに盛り上がり、「レストランへ食事を食べに行く」とか、表紙で『シュミレーション』とやってしまった某紙とか、「タイの女優が屋台業に陥落」って、コルヒドール要塞か? 等々、懐かしくも恥ずかしい記述事故や、人には言えない裏話が次々と蘇ってきた。
 そして本紙の評価をお願いしたところ、「こういう媒体がタイに出てきたのは実に革新的」だと仰った。何が革新的なのでしょうか?と突っ込んでみたら、「他の媒体どころか、日本のメディアでもあんな事は書けないでしょう」と、意味深な発言。加えて、「商業主義に迎合していない」との事。それは解る。本紙は広告営業を行っていないので、台所は火の車だという内情を御存知なのだろう。無料情報紙は広告収入で成り立つのだが、それに囚われ過ぎると求心力が失われる。しかし、実のところ、本紙は家内制手工業的な媒体なので、時代について行けないだけなのである。結局、「革新的」の本意はよく解らないままだが。まぁ、いいか。