Vol,56-(No.104)

 盛夏のタイ。あと少しで日本人学校の春(夏)休みも終わり、4月20日に新年度の始業式が行われるので、一時帰国していた子供たちがバンコクに戻ってくる。日本人家庭が多数居住するトンローを中心としたエリアや、日系スーパーや書店などで元気な子供たちの姿を見ると、こちらも嬉しくなり心が躍るのである。

  伸びやかにしなやかに
  育てよ子供 
  やがて大地踏みしめ
  太陽になれ

 しかし今の世の中は、すれ違う人も信用してはならないと子供たちに教える。閉ざされた校門の中から聞こえてくる子供たちの笑い声に安心を見出すしかないのだろうか。無力な子供への犯罪は、国際テロ行為などよりも格段に卑劣極まりない。親による暴力。学校という集団生活で子供たちの規範となるべき教師が、盗撮や援交をはたらく世の中で自然破壊と人心の崩壊は確実に比例していると思わざるを得ない。
 以前に、小学生を誘拐して殺害した犯人の弁護士と話したことがある。国選とはいえ、法治国家の護人の立場と、人としての想いとが交錯して胸中はやりきれないものがあると言っていた。その葛藤は大いに案じられる。 子供を標的とした極悪犯罪者に人権とやらを都合していいものかと、私は正直、思う。しかし、法治国家としての国の良心が問われる重大な局面である事を忘れないで欲しいと、そう弁護士に伝えるしかなかった。
 子供達を守るには専守防衛は無効力な場合がある。しかし、人を愛する心も忘れたくない。この矛盾したバランス感覚をつきつける今の時代で、本当の「安心」を得るのは人の世に奇跡があると信じるしかないくらいの厳しい確率なのかもしれない。