Vol,6

 家のそばに一札の手作り看板が立てられていた。

 「静かに走って下さい」

 ある日の午後、すごい勢いで走って来た車は速度を緩めようともしない。
 子供たちは道の傍らに身を寄せ、一緒にいて立ち話をしていた母親たちは目をみはり、通行人やアイスクリーム売りのリヤカー屋台は驚いて脇に逃げる。
 小路の平和は突然破られ、そこに立ててあった看板も疾走する一台の車の前には全く無力な空文のように見えた。

 粗暴な侵入者の車は小路を抜けて広い幹線道路に出ようとした時、そこにまた一札の看板があった。

 「ありがとう」

 静かに書かれた感謝の言葉に、運転者は言い知れぬ恥ずかしさを覚えた。
その感謝の言葉に値しない醜い人間がそこにあった。

 やがて次の小路に出た。
入り口にはなつかしい啓示を持った看板がまたあった。

 「静かに走って下さい」

 その言葉のままにゆっくり進む車に、小路の平和は乱されなかった。 そして出口の看板にはこう書いてあった。

 「ありがとう」

 小路の平和は、また、運転者の心の平和でもあった。